忘れ物/秀徳高校一年生


 ワシは海常高校の門の前に立っていた。何故このようなことになっているのか。それは勿論、幼馴染の由孝君が原因である。
 ワシの家に泊まった由孝君が忘れ物をしたのだ。別に今日届けなくてもいいのではないかと思ったが、なんと忘れ物は宿題だった。昨日泣きつくように我が家に来て、彼が四苦八苦して仕上げた宿題を見て見ぬふりをするのは心苦しい。何より、秀徳は今日の練習が休みだったのだ。時間もあったわけである。
 メールは送ったので早く取りに来いと、下校する生徒に見られながら思う。悲しいことに帝光時代のせいで視線には慣れた。しかしそれでも気まずいものは気まずいので、さっさと取りに来いと思った。
「ショウちゃーん!!」
 来てくれたんだとキラキラと嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる由孝君に、いやきみ顔面偏差値は高い方だから、頼むからもうちょっと静かに来てくれ。何というか、眩しい。
「宿題ありがとう! 提出が明日で良かった……!」
「そうやな」
「練習見てく?」
「何でや」
 ショウちゃんなら大丈夫と何故か自信ありげな由孝君に、一応他校のマネですけどと言えば、ショウちゃんなら大丈夫と繰り返された。訳がわからない。
「笠松と小堀もいるよ!」
「知っとるわ」
「体育館こっちだよ!」
「え、ちょ」
 腕を引っ張られて、ワシは海常の体育館に連れて行かれた。

 体育館ではバスケ部が練習を始めようかというところだった。じゃあここで見ててねと体育館の隅にワシを置いて由孝君は着替えに向かった。
 ワシどうすればええの。と思いながらとりあえず選手であろう生徒たちを観察してみたが、特に分かることはない。性格なら少しは分かるが、桃井や相田さんのように分析するのは無理だろう。
 何も出来ないなと思っていれば、あれ今吉さんだと声をかけられた。誰だろうと振り返れば、小堀君と笠松君がいた。
「ああ、こんにちは小堀君に笠松君」
「どうしてここに?」
「由孝君に連れて来られてなあ」
「ああ、だからあんなに上機嫌だったんだ」
 分かりやすいねと笑う小堀君に、そうやなあとワシも笑った。そして目を逸らしている笠松君を見る。
「えっと、やっぱり女子はダメなん?」
「気を悪くしたらわりい」
「別にええけど。とりあえず、二人も練習頑張りい」
 応援しとるでと笑えば、笠松君は気まずそうに頷き、小堀君はそんな笠松君を引きずって練習前のミーティングへと向かった。

 それから練習が始まると、流石に由孝君は真剣に練習していた。相変わらずデタラメなスタイルなのによくゴールに入るものだと思う。そういえば今回の由孝君がバスケする姿を見るのは初めてだと思いながら見つめていれば、視線に気がついた由孝君が楽しそうにこちらを見た。その姿にワシが立つ場所とは違う所で見学していた女子生徒達がざわつく。多分、観賞用イケメンが笑ったことに驚いているのだろう。なお観賞用イケメンの称号は小学生の時に噂で知った。今でも評価は大して変わらないだろうなと思いながら、頑張れと唇の動きで伝えた。
 笠松君や小堀君も見ればこちらも真面目に練習している。二人が上手いこと技を決めると女子生徒達が嬉しそうにざわつく声が聞こえた。これぐらいのざわつきでは練習に影響は出ないが、黄瀬が入ればもっと騒がしくなるだろう。海常って大変やなあと未来に想いを馳せていれば、特に騒ぐこともせず静かに見ているだけの他校生であるワシに海常の監督が声をかけてきた。森山の知り合いかと言われ、幼馴染ですと答えれば、なるほどと頷かれる。どうやら彼女かと思われたようだ。確かにあの由孝君に彼女がいれば、それはそれは驚くべきことだろう。
 監督が指導へと戻ったので、ワシはまた静かに練習風景を見た。やっていることは皆で行う基本のことばかりのようだ。ワシに配慮した訳ではなく、単純にそういう日だったのだろう。本当にワシとって得はない。しかし由孝君達のバスケをもう一度見られる事は、少しだけ面白いと思えたのだった。



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