新人指導2/秀徳高校生三年生/高尾くんと今吉さんの話


「たっかおくーん」
 ハートマークでも付けたろかと呼んでみたら顔を真っ白にした高尾君が駆けてきた。ワシの色仕掛け、使える。
「キャラじゃない声で呼ばないでください!」
「ぶっちゃけ呼び方どうでもええからさっきの試合の〜ドキッ二人だけの反省会〜やるで」
「今吉先輩と二人きりとか……」
「あ、なんか文句あるんか。ほなその辺にいる緑間君と一緒に反省会してみよか? もれなく緑間君の練習時間削るんやけど」
「真ちゃんの練習時間削るとか絶対無理」
「案外快く受けてくれたりするかもしれへんで?」
「絶対無理です!」
 あと反省会でズッタズタにされる姿を緑間に見られたくないと見栄を張る高尾くんに、男の子やからなあとそっと温かい気持ちになった。原因はワシやけど。

 ということで高尾君の指導をするようになって早一ヶ月半。例の一年生だけの練習試合はなんとか負けなかったのでワシの指示は飛ばなかったが、緑間君をもっと上手く使える筈だろうとワシは高尾君に言い放ち、全員の反省会の後、二人きりで反省会を行った。それから大小様々な規模の試合のたびに二人きりで反省会を行っている。
 鷹の目がどんな視野なのか、実際に見たことがないからなんとも言えないが、ワシは試合を外から見ているというだけで少しは戦況を客観的に見れていると思う。なので、鷹の目で得た情報とワシが見た戦況、そしてそこから導き出した行動についてあーだこーだと高尾くんと言い合う。反骨精神旺盛な高尾君はワシが言いくるめに成功するたびに本気で悔しがってるようだ。でもワシとしては勝ちを他校に譲るつもりはないので手を抜く気はさらさらない。

 そうして反省会が終わると高尾君は自主練に行く。緑間君や宮地君、大坪君、木村君、その他数人が自主練に励んでいた。秀徳には真面目な努力家が多いと思いながら、もし万が一怪我などをしたらとの思いで彼ら全員が練習を止めるまで居残っていると、外はもう暗くなる。
 まだ練習したいとでも言うようなほぼ一軍メンツ(木村君だけ家の用事で帰った)をいい加減体育館閉める時間やぞと急き立てて着替えに向かわせ、ワシはモップを手に取る。本来なら自主練していた面子がやるべき仕事だが、彼らには1分でも長く、やりたいだけバスケをやらせたい。
 さて綺麗にしたろかとモップを持ってぐいぐい走っていれば、ふとモップを取られた。あれ、と思うと着替えを済ませたらしい高尾君が何してるんですかと立っていた。なお仮入部時に同身長だった高尾君だが、この一ヶ月半で既にワシを越した。その成長ホルモンをよこせ。
「モップかけてくれるん?」
「いや、フツーは俺たちもやりますし。前から思ってたんですけど今吉先輩マネ業以外のことやりすぎじゃないっすか?」
「そんなことあらへんよ」
 不満そうな高尾君に、後ろから緑間君まで同じ目を送っていた。おい、いつの間に緑間君も着替えたんや。
「ウチは唯、皆にやりたいだけバスケをやらせたいだけなんやけど」
「献身的過ぎません?」
「ちゃいますー、ウチは勝つことが好きなだけやで」
 ほら、モップかけるから返してと手を伸ばす。さらに、帰るなら早く帰ってちゃんと体を休めんとと言えば、高尾君は長い長い溜息を吐いてから、モップをかけ始めた。
「え、ちょ」
「俺もやるのだよ」
「真ちゃん分かってるう! モップ向こうな!」
「は? いや、ウチがやるさかい」
「今吉先輩は着替えて来てくださーい」
「今日は宮地先輩が送ると言ってたのだよ」
「高尾君ってウチだけ扱い雑やない? そんで、緑間君は何でその情報知っとるん?」
「先輩達にまた今吉先輩が一人暮らしと聞きました」
「え、待って真ちゃん"また"って何」
「アーアー緑間君はいらんこと言わんでええのー!」
 ていうかきみ中学の時のこと気がついとったんかとひそひそ言えば、茶道部に茶せんを借りた時に帰った家で察したのだとか。
「両親が共働きという可能性もありましたが、家中の電気が消えてるのは……」
「名探偵なん? あ、いや、今の無しで。ウチは別にひと、ちゃう、家族は」
「あ?」
「どうした」
 ワシにしては珍しく言葉に詰まっていると、ここで宮地君と大坪君の登場である。よし着替えてくるかと逃げようとして、高尾君が発言した。
「いっまよーしせんぱい(ハートマーク)」
「やめろ、ゾッとするからやめろや」
 で、どういうことですかねと高尾君がワシの行く手を塞いだ。退路を断たれた。

「先輩……」
「今吉……」
「お前……」
「その信じられない生物でも見るような目をやめろや」
「それはUMAなのだよ」
「バラした張本人は少し黙っといてな?」
「いや、中学で一人暮らしはドン引き案件だろ」
「何事も無かったから良かったが、そういえば高校(今)でも最初は単身赴任用のアパートに住んでたな」
「まじすか!」
「大坪君もバラさんといて」
 ああもうと頭を抱えれば、とりあえず着替えて来てくださいと高尾君がワシの肩をポンポンと叩いた。そうやな、女の子をバシッと叩けるわけないわな、紳士か。
「とりあえず今日は俺たちも先輩を送りますね!」
「宮地君が送ってくれるから遠慮させてもらいます」
「先輩、ものは相談なのだよ」
「みゆみゆのポスターな」
「はいそこ取り引きせんといて!!」
 埒があかないとぼやけば、着替えてくればいいんですよと高尾君がにっこり笑いながら言った。うんまあそうなのだが。
「とりあえず! 今日はもう暗いから高尾君と緑間君ははよ帰る! 宮地君も疲れとるのに無理せんでええからな!」
「別に無理してねえから早く着替えてこい」
「体育館閉めるぞ」
 大坪君の言葉でワシはああもうとバタバタと荷物を持って更衣室に向かう。後ろでモップがけをしているらしい高尾君達の声が聞こえて、とりあえず緑間君も大坪君も悪意が無いからタチが悪いと、ワシは彼らへの認識を改めたのだった。



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