婚約騒動/秀徳高校一年生/今吉視点


 それは突然だった。
 その日は大坪君がワシを家まで送ってくれた、部活帰りのこと。ワシの住むアパートの前に、幼馴染の森山由孝君が居ました。
「なんっでやねん」
「翔子ちゃあああんんん」
 しかも半泣きである。大坪君はもちろん戸惑っていた。

 どうやら事情があるらしい由孝君と、どうせだからと大坪君も部屋に招き入れ、緑茶を淹れた。
 由孝君はしばらくずびずびえぐえぐと半泣きだったが、落ち着きを取り戻した。大坪君は心配そうにオロオロしていて、ワシとしても由孝君のこんな姿は久しぶりに見たので動揺してしまった。
 由孝君が落ち着きを取り戻し、ワシと大坪君が声をかける前の無言の中、彼は言った。
「おばあちゃん、じゃなくて祖母がね、婚約したらどうかって」
「なんて?」
 首を傾げる大坪君とワシに、あのねと由孝君は言った。
「俺と、翔子ちゃんが」
「……ん?」
 思考が停止する。今、何て言った。

 固まるワシ、再び半泣きになる由孝君。そのカオスの中で大坪君がそれはと口を開いた。
「今吉は森山のお祖母様と知り合いか何かなのか?」
「昔やってた習い事の先生やな」
「うん。それで、かな」
 華道の知識があり、教養がある。そして何より由孝君と同級生。古いお家、良家にはありがちな発想である。わけあるかい。
「それ由孝君断ったんやろな? ん?」
「今吉ここで目を開かないでくれ」
「だっておばあちゃん聞く耳持たなくてええ」
「森山、ティッシュいるか」
「断れや! 由孝君やって運命なんかやないワシと婚約なんぞしとうないやろ!」
「今吉、落ち着け」
 ええいうるさいと大坪君に言って、由孝君に向き合う。
「ええか、ウチは由孝君は完全に守備範囲外やからな。そこ分かっとけよ」
「そこまで言う?! 翔子ちゃんの好きなタイプって気配りができる人でしょ?! 俺そこそこ気配りできるよ?!」
「ナンパ野郎はまず守備範囲外に決まっとるやろ!!」
 ええと不満そうな由孝君に、ああもう花宮を召喚したいと思い始めていると、落ち着けと大坪が言った。
「つまりお祖母様に断りを入れればいいだけだろう」
「まずウチの両親に電話せな。静子先生は言い出したら周囲を早くに固めるタイプやから」
「俺も運命の女性と結婚するためにおばあちゃんにちゃんと嫌だって言わないと……」
「由孝君はとりあえず運命の女性うんたらは言うたらあかんよ」
「それぐらい分かってるよ!!」

 そうしてワシが携帯を触ったところで、大坪君が不思議そうに首を傾げた。
「それにしても、二人は名前で呼び合うぐらいに仲良かったんだな」
「幼馴染やで」
「幼馴染か。なら運命の女性とやらは」
「あーそれ? だって翔子ちゃんが運命の女性だったらとっくに恋人になってるでしょ?」
「……ん?」
 大坪君がさらに首を傾げた。ワシも頭が痛かった。

 つまり、由孝君の持論からすると、ワシが運命の女性だった場合、すでに恋仲になっている筈である。なのに、恋仲ではないということは、運命の女性ではないのだ、と。逆説的な話なのだ。
 大坪が半分ぐらい理解できてなさそうな声で、そうかと相槌を打った。うん、それでいいだろう。ワシもその持論を聞いた時に頭が痛かった。今も痛い。
「とりあえずちょっと向こうで電話してくるさかい。あ、大坪君は帰らなかんか」
「そうだな、あまり居座るのも」
「由孝君はどうするん? 泊まるん?」
 何気なく、由孝君はたまに泊まるしなと思って口にすれば、待てと大坪君が言った。その瞬間、しまったとワシは自分のミスを悟った。
「泊まるのは良くないだろう」
「え、翔子ちゃんだよ?」
「由孝君はウチを何だと思っとるん」
「味方で良かったなと思う幼馴染かな!」
 今からでも海常に来てくれたらなあ何てのたまう由孝君にアホかと言って、大坪君へと向きを変える。
「とりあえず由孝君とは心配するようなことは何もないから、気にせんといて。家族みたいなモンやから」
「そうか、なら良いんだが」
 今はまだ一年生のワシ達だが、後々にキセキ獲得校となる学校の三年は、今回も何だかんだで一年生の今頃にも繋がりがあるが、大坪君と由孝はまだあまり交流がない。故にそう簡単に安心できないのだろう。幼馴染だと知ったのも今さっきだから、友として心配するのは仕方ない。
「ほな、帰った帰った。玄関まで見送るわ」
「すまない、邪魔をしたな」
「ええねん」
「また今度会おうね!」
「由孝君は静子先生と話をつけてからや」
 はあいとしょんぼりする由孝君に、全くやるときはやるのに妙にヘタレなところがあると思いながら、二人を見送った。
 さて、とりあえずは家に電話をして事実関係の確認だ。
「まだ静子先生が動いてないとええんやけど」
 困った事にならなければいいと、ワシはため息を吐いた。



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