今吉さんと宮地くん/宮地視点/秀徳高校一年生


 今吉翔子がバスケ部のマネージャーとなって一ヶ月後の練習試合で事件を起こしてからすぐの事。
 その日の練習はすっかり夜になった頃にやっと終わった。そういえば今日は今吉といつも共に帰る同学年のマネージャーの守部が親の都合で休みだしこんな時間なので、誰か送ろうということになったのだが。
「別にウチは平気やから皆すぐ帰ってしっかり休み。」
 にっこり笑って言うので、いや流石にまずいだろうとなればさらに続ける。
「結構防犯意識は強いつもりなんやけど。防犯グッズも持っとるし、結構腕もあるんやで。」
 武道を少し、という腕は細い。というか体が普通に細いし俺からしてみれば小さい。家の方向を聞けば、どうやら俺や木村の家の方面らしい。ならば俺が送ると立候補すれば、それがいいとなった。ちなみに今吉は不満そうな声を上げていた。

 並んで歩けば今吉は取り止めのない話を続ける。よくもまあ続くものだと思いながら相槌を打っていれば、そういえばと今吉は切り出す。
「宮地君はまだまだ伸びるんやろうね。男の子は高校大学でよう伸びるみたいやし。」
「あー、そうだな。」
「手も足も大きいし。期待しとき。」
「そうしとく。」
 正直、何を話せばいいのか分からないのでそんなぶっきらぼうな返事をすれば今吉は何が面白いのかわははと笑っていた。女子にしてはおっさんくさい笑い声だ。
 あ、ウチここ。なんて言うので立ち止まれば安そうなアパートがあった。ボロい上にこれ単身赴任用ではないかと頬をひきつれば、ほなと入って行こうとするので引き止める。何かと振り返るので、とりあえず告げる。
「お前、まさか一人暮らしだったりするか。」
「そうやけど?」
 同級生女子の知られざる実状に俺は頭を抱えた。

 まず、今吉は何か悪い人に引っかかるわけがない性格をしている。見た目はとびきりの美人ではないがごく普通の女子高生よりいくらか愛嬌がある。つまり、そんなところに住んでてストーカーとかに遭って暴力でも振るわれたらひとたまりもない。
「いや、ウチそんなヘマせんし。」
「そうじゃねえよ。」
 大坪と木村、監督も同意した。
 場所は翌日の朝の部室。マネ業に精を出す今吉を守部達に一言言って連れ出し、部室で監督とその場にいた面子に相談すれば全員が目を剥いた。ちなみにそれは話の内容だけではなく今吉の謎の自信に対するものも含まれている。
 あの練習試合以降、今吉はこの秀徳高校バスケ部の大きな戦力の一つと考えることとなった。そんな今吉の私生活がそれでは不安しかない。ちなみに家族はと聞けば、父と母と妹が大阪に住んでいるとあっけらかんとした風に言った。しかも両親に反対されたが金銭面をちらつかせてゴリ押ししたらしい。いや、駄目だろ。実の両親に何してんだ。
 結果。学校に相談し、学校長のツテで安く借りられることとなった一人暮らし用アパートに引っ越すこととなった。引越しは休みの日に守部と俺と木村と大坪が手伝った。今吉は少し不満そうにしながらも、まあよかったんかなと納得していたらしい。ちなみに守部はボロアパートに住んでいることを知らなかっただとか。まあ聞けば守部とは途中の分かれ道で分かれるそうだし仕方ない。
 引越してからも今吉が一人暮らしということに変わりはない。なので遅くなれば必ず誰かが送ることとなった。そして一人暮らしではない守部や他の女子マネージャーだって危ないのだからと送ることとなり、夜遅くなればそれぞれを部員が送るということで話がまとまった。

「それにしても、宮地君って意外と女子に優しいんやな。」
 ある日の夜の帰り道。そんなことを言われてなんだその言い方はと思えば、今吉は女子は苦手かと思ってと笑う。
「あんだけ付きまとわれとるし、苦手なんかと思っとったわ。」
「苦手じゃねえよ。まあ、付きまとわれるのは好きじゃねえけど。」
「へえ。」
「それに俺みゆみゆが好きだしな。」
 言えば、今吉が目を少し見開き、それから嗚呼と納得する。
「アイドルの子やね。そうか、アイドル好きなんやー。」
「悪いか。」
「いんや、ちっとも悪くないで。趣味を持つことはええことやからなあ。ちなみにウチは釣りとかお馬さんとか好きやで。」
「おっさんかよ。」
「よー言われる。」
 夜に響くわははという笑い声に、やっぱこいつ変わってんなと俺は改めて思ったのだった。



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