膝丸+大包平+α/今日だけじゃない事/何でもない話


 あした、あさって、またあした。

 足が痛い。膝丸はきゅっと眉を寄せた。挫いたらしい左足首に、どうしたものかと思いながら、手にしていた荷物を指定の場所まで運んだ。
「足を挫いたのか」
 すぐに気がついた大包平に、膝丸はそうらしいと眉を下げた。
 時は春、とある晴れた日。本丸の倉の虫干しに、本丸総出で取り掛かっている時だった。大人の形をした刀剣男士は荷物を運び出し、小さな刀がテキパキと箱から荷を取り出したり、点検をしたりと忙しく働く。一通りの荷物を取り出したら、本丸でも手先の器用な方である大包平と膝丸も荷物の点検に駆り出されることは目に見えていた。
 なのに、膝丸は足を挫いた。あまり動かない作業ならば平気だろうかと膝丸がぼやいていると、大包平は呆れた顔でさっさと薬研のところに行けと急かした。
「今日は慣れない作業で怪我をする刀がいるだろうからと、薬研が薬部屋に常駐している。だから、早く見てもらって来い」
「しかし、皆に迷惑がかかるだろう」
「その怪我が重症化して手入れを行うことになる方が、本丸ひいては主の負担になる」
「それもそうか」
 では行ってくると、膝丸はその場を離れた。

 薬部屋に着くと、先客がいた。
「いってー!!」
「はっはっはっ、こりゃ、あと一歩で手入れ部屋だったな」
「げぇ、まじかよ」
 あ、膝丸さんだ。そう顔を上げたのは愛染だった。軽傷ではないものの、生存を削っているであろう怪我に、薬研が塗り薬を施している。
「愛染はどうしてそんな怪我をしているのだ」
「倉でさあ、ちょっと雪崩に遭ったんだ」
「良く無事だったな」
「おいおい膝丸の旦那、この怪我は無事じゃあないな」
 薬研は呆れた様子だった。愛染はぶうと頬を膨らませていたが、処置が終わると虫干しの手伝いをしてくると駆けていった。相変わらず素早い短刀だなと、膝丸は思いながら、足を挫いたと薬研に説明した。

 薬研に湿布を貼ってもらうと、膝丸は倉へと戻った。すぐに、はなしはききましたよと今剣が声をかけてくる。
「むこうでにもつのてんけんをしましょう!」
「あ、ああ、分かった」
「まったく、薄緑はもうすこしからだをたいせつにしなさい。大包平にいわれなければ薬研のところにいかなかっただろうと、みなにいわれていましたよ」
「それは、そうなのだが、しかしこれぐらいは」
「ぐだぐだいっていないで! いきますよ!」
 そうして今剣にやわく手を引かれて虫干しに出された荷物の元に向かう。その道中、大包平を探すと彼はまだ倉から荷物を出しているところだった。目が合うことはないが、彼が大きな声を出して鶯丸を急かしている姿が印象的だった。

 庭いっぱいに広げられた荷物の中、審神者が幾つか必要なものがあると言い出したと近侍の山姥切国広が宣言した。
「朱色の鏡台、黒漆の茶碗十種、平綴じの書物五冊、巻物をみっつ……まだあるな」
「はいはーい、ちょっといいかな? 兄弟、写し絵はある?」
「ああ、このファイル二冊にまとめてある。休憩時間とするので、全員が目を通すように」
「了解!」
 堀川の機転により、ファイルが刀剣男士に回されている間に、膝丸はひょいと大包平の隣に向かった。
 大包平は隣に立った膝丸に、まあ座れと縁側の隣席を叩いた。そこに、ぱたぱたと、髭切が駆けてくる。
「弟、怪我したんだって?」
「大した怪我ではないぞ」
「足を挫いたらしい」
「大包平?!」
「む、ひらくんありがとうね。弟、あまり無理すると手入れ部屋行きだよ」
 湿布でも貼ってもらったの。髭切がひょいと屈んでじろじろと膝丸の左足首を見る。暫く観察をして満足すると、髭切はそれじゃあねと手を振った。
「僕、向こうの座敷に座ってるから。ひらくん、弟のこと頼んだよ」
「任された」
「兄者、俺は膝丸だぞ」
 まあまあ気にしないでと髭切はくるりと踵を返してしまった。その間に一期率いる粟田口がお茶と菓子を配りに来て、大包平と膝丸の前にお茶と茶菓子が揃ったのだった。
「いただくぞ」
「うむ」
 春の陽だまり、ファイルを覗き込む刀や会話を楽しむ刀で賑やかな本丸。戦場を駆け抜ける刀剣たちの一時の休息を、大包平は優しい目で見渡している。
「刀らしくないとは言わないのだな」
 膝丸の問いかけに、当たり前だろうと大包平は目を伏せて茶を飲んだ。
「人の形を得たんだ。たまにはこういう一時も必要だ」
「そういうものか」
「そういうものだぞ。それに、俺には少しばかり懐かしい光景だからな」
「懐かしい?」
 俺は倉の中から見るばかりだったが、と大包平は前置きした。
「付喪神が虫干しで喜々とはしゃぐ様子は好ましい」
「はしゃぐ?」
「久しぶりに人の手に触れられるのだから、はしゃぎもするだろう」
 それが好ましいんだ。大包平はそう言って笑った。
 膝丸はそれを見て、そっと告げる。
「きみは見るばかりだったのか」
「ん? ああ、俺は殆ど倉から出されなかったからな。それに、祝い事で定期的に取り出されていた」
「他の付喪神のように騒がないのか」
「まあ、そうだな。それがどうした」
 いやと、膝丸は目を伏せて、迷いがちに告げた。
「きみは時折、ひどく神じみている」
「……付喪神だからな?」
「それはそうなのだが」
 もっと俗っぽいかと思ったのだ。膝丸がそう言ってお茶を飲むのを、大包平は眺めながらお互い様だとぼやいた。
「膝丸も同じだろう」
「俺は相応にはしゃいでいるつもりだぞ」
「相応に?」
「相応に、だ」
「ならば俺もそうだ」
「そうか、同じなのだな」
「ああ、同じだ」
 そこで毛利が大包平を呼ぶ声がした。ファイルの順番が回ってきたらしい。ぱたぱたと駆け寄る毛利からファイルを受け取り、大包平と膝丸が揃って一冊のファイルを覗き込む。
「これは、膨大だな」
「いくつか、という程度ではないな。気合いを入れて探さねば、日が暮れそうだ」
「膝丸の言う通りだな。さっさと記憶して次の刀に回すぞ」
 そうして、二振りはファイルを見つめたのだった。

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