はしたないままに恋してた/髭獅子+膝大包/髭獅子と膝大包は別本丸です/R-15ぐらいの表現があります。
タイトルは空想アリア様からお借りしました。


 遠い夢の会遇。


 しくったなあ。暗い雨の中、獅子王はきゅっと口を閉じた。目の前には荒れた小屋があり、背中には愛しい人の温もりがある。まだ、体温がある。というより、熱が出ている。獅子王は、ぐっと髭切を背負い直した。
「もう少し耐えてくれよな……!」
 そう言いながら、獅子王は小屋に入った。

 小屋は朽ちていた。何とか雨風がしのげる場所を見つけると、なるべく平らな場所に髭切を寝かせた。傷口を見つけると、止血をした。濡れ鼠となった鵺に、刃で切り落とした金色の髪束を食わせて頼むことで温まってもらう。熱で己の体を乾かした鵺は、そのまま髭切の背を包むように寝そべり、湯たんぽになった。
 ふと、口の中の鉄臭さに、獅子王は口の中を切ったのだと自覚した。
 獅子王自身はほとんど怪我がない。それは髭切が庇ったからに他ならなかった。余計なことをしやがってとの悪態は既に言った。髭切はへらへらと笑いながら、良かったと返事をし、眠ってしまった。

 このままでは体力が無くなって折れるか、霊力が切れて肉体が解けてしまう。獅子王の体を構成する審神者の霊力を分け与えればもう少しもつだろうか。しかし、それでは獅子王が助けを呼びにいけなくなり、共倒れになりかねない。
 審神者という主の刀として、主の知らないところで折れたくはない。できれば、主と共に生きたいが、今の状態では口にしたって可能性が薄くて嫌になる。
 どうすればいいだろう。獅子王がそっと髭切の頬を撫でると、うっすらと金の目が見えた。
「あ……」
 そのまま腕がよろよろと持ち上がり、獅子王の背中を弱い力で掴むと抱き寄せた。獅子王が髭切に覆い被さるような形になると、髭切はか細い声を発した。
「くち、あけて」
「でも、助けを呼びに行かねえと」
 そうだろうと伝えれば、大丈夫と髭切は弱々しく微笑んだ。
「きたよ、助け」
 がたがたと小屋を開ける音がした。獅子王が身を捩るようにして振り返ると、そこには雨に降られた二振りの太刀、膝丸と大包平がいた。

「しっかり降られたな」
「うむ。何か拭くものを探すぞ」
「ハンカチならあるんだが」
「よく濡れなかったな。しかし、それでは足りぬだろう」
「そうだな」
 そこでふと大包平がこちらを見る。膝丸もまた振り返り、目を見開いた。
「あ、兄者ァ?!」
「その姿は、髭切と獅子王か? 別本丸の刀剣男士と会うとはな」
「どうされたのだ?!」
「落ち着け膝丸!」
「いや二振りとも声でかいって」
 湿気が多いとはいえ、埃を立てぬように膝丸が獅子王と髭切に近寄った。勿論、大包平も続いて近寄ってきた。
 髭切の状態に膝丸は混乱しつつも、傷口を見て止血は済んでいるかと安堵した。
 大包平はその間に、獅子王を下から上まで見て、怪我はないようだと安心していた。
「これは重傷だな。手入れが必要だぞ」
「獅子王は無傷だ。どうやら髭切が庇ったらしい」
「庇った、のか? 兄者が?」
 不思議そうな膝丸に、大包平は他所の本丸の事情だろうと言って懐から札を取り出した。
 口を挟めずにいた獅子王に札を押し付けると、大包平はこれで仮の手入れができると言った。
「他所の本丸の刀でも効果はあるはずだ」
「で、でも、貴重な札なんじゃないのか?!」
「今使わなくていつ使うというんだ。だが、それで出来るのは肉体や本体の修復のみだ。霊力は補充されん」
 そこで膝丸が少し緊張した面持ちになった。
「霊力は獅子王から兄者へ分けてほしいのだ。二振りが歩ける程度で構わない。そこまで回復したら、俺と大包平が救難信号を出す。そのまま、俺たちの本丸で保護となるだろう」
「それから本丸へ引き渡すことになる。何か問題はあるか?」
「全然無い! むしろすっげえ助かる。二振りが来なかったら、土に還るかもって思ってたからさ」
 よかったと獅子王は安堵し、大包平から札を受け取ると、髭切の体に落とした。ふわと明るい光が放たれ、強い光に目を閉じていたのを開くと、髭切の怪我は消えていた。

 ならば次はと、獅子王は上着を脱いでインナー姿になると、髭切の上着も軽く脱がせて素肌と素肌を合わせた。眺めいた膝丸が気まずそうに顔を赤らめて目をそらした一方で、大包平は二振りそれぞれに彼らの上着を被せた。獅子王が苦笑する。
「素肌を合わせるほうが分けやすくってさ」
「知ってる。緊急事だからな、やましい事ではないことは分かる。そうだろう、膝丸」
「わ、分かってはいるんだ。本当だぞ!」
 動揺している膝丸に、兄弟のそんな姿は見たくないんだろうなあと獅子王はぼやいた。髭切はふふと笑った。温もりを求めるように獅子王を抱きしめると、あれはねえ、好い人を知ってるみたいだねと囁いた。
「へ?」
「弟も、彼と恋仲なんでしょう?」
「なっ!」
「そうだな!」
「あ、お、大包平っ!」
「何か問題があるのか?」
「何もないがあるんだ。頼むから、大包平は下がっていてくれぬか」
「ここが一番雨風をしのげるんだが。何かまずいのか?」
「まずくないのだが、俺の精神に良くないんだ。あとあまり獅子王たちを見ないようにしてくれ」
「髭切の顔色が悪かったから、目を離す方がまずいだろう」
「アアそうではないのだ、ほんとうに、そうではなくてな」
 ああとかううとか言う膝丸に、ようやく思いついたと大包平は口を開いた。
「閨の話か?」
「言わないでくれ!」
「閨なら何度かあっただろう。それに、抱かれる側なのは俺の方だったから、膝丸はさして気にすることはない」
「いや、そうではなくてな?!」
「あーー、なんかごめんな?」
 獅子王が苦笑すると、髭切もまた、藪蛇ってやつかなあと苦笑した。
「とりあえず僕はしばらく獅子王とくっついてるから、向こうでそっちの主と連絡でも取ってくれると嬉しいなあ」
 髭切の言葉に、大包平は大人しく従うらしかった。彼は口を開いた。
「らしいぞ。ほら、膝丸、行くぞ。向こうもここには及ばぬが、雨風がしのげそうなことだしな」
「ならばさっき行けばよかったのではないか」
「できるなら移動したくはなかったんだ。まあでも、すまなかった」
「別にいいぞ……」
「あ、そういえば温まるにも肌を合わせたほうがいいんだったか?」
「とにかく連絡するぞ!」
「うん? 後なら良いんだな? というか、俺より膝丸のほうが寒がりだから、気になったんだ」
「寒がりは否定しないが、温め合うのは本丸に戻ってからにしてくれ。頼む」
「構わん」

 膝丸と大包平が審神者と連絡を取る間、獅子王はぴたりと髭切にくっついていた。しとりと濡れる互いの肌が、少しずつ温かくなっていく。同時に、獅子王はぞっとするような寒気が込み上がるのを感じ、抑え込んだ。霊力が減る感覚は、悪寒に似ていた。
「ぽかぽかにさせてあげられなくて、ごめんな」
 獅子王がそう呟くと、充分だよと、髭切の幾分か暖かくなった手が、獅子王の頭を撫でた。
「君のお陰でずっと温かくなったよ」
「ほんとに?」
「もちろん」
 ほんとかなあと獅子王は言いながら、口元を緩める。聞こえてくる声からして、膝丸と大包平は獅子王と髭切を保護する話をまとめたらしかった。ともかく、助かったのだ。自分の本丸に帰るまでは言えない言葉だが、助かったと獅子王は確信した。
「保護してくれた本丸から俺たちの本丸に帰れたら、一緒に眠って、ぴかぴかになってから助けてくれた審神者に挨拶しようぜ」
「きっと君も僕も霊力が足りなくてぼろぼろだからねぇ。うん、それがいいよ。他所の弟と、大きい彼にもその時にちゃんとお礼を言わなきゃね」
 そうして優しい笑みを浮かべた髭切に、獅子王は膝丸と大包平の足音を聴きながら、ふわふわと眠くなってきたのを感じた。
「あ、しくった」
 霊力、渡しすぎた。そうぼやいて、獅子王は眠ってしまったのだった。

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