幸福/古備前+α/幸ぞあらんと/幸福でありますように/大包平が若返りバグの被害にあう話


 朝ですよ。そんな声がした。大包平は起き上がると、むうと辺りを見回す。鶯丸が腹の上で寝ていた。なんなんだこいつはとぼやきながら、彼を彼の布団に寝かせると、大包平は朝の支度に向かった。

 厨では燭台切と小豆がせっせと朝食作りをしていた。歌仙はどうしたと、大包平がエプロンの紐を結びながら問うと、昨日の夜半に政府からの呼び出しがあって、審神者と共に緊急で出掛けたのだと燭台切が教えてくれた。とんとんと音がして、初期刀の加州が審神者代理を務めるとの伝達を初鍛刀の秋田が行った。
 なお、初期刀を除く初打刀の歌仙と共に審神者のお供をしているのは初脇差の堀川らしい。極の打刀と脇差は特に相性が良い。また極短刀だとあからさまに室内夜戦を想定していると思われがちなので、目くらましにもなるかもしれない。何があったのかは知らないが、大包平としては悪くない選択に思えた。

 朝餉の支度が済む頃には、審神者代理の伝達が本丸中に行き渡っていた。鶯丸も起きてきて、広間を眺め回してからやれやれ騒がしいなと微笑んだ。
「何を笑ってるんだ」
「何、昔はこういう事が多かったからな。不謹慎だが、懐かしく思ったんだ」
「緊急事態だというのに、気が抜けているぞ」
「なんだ、それを言うなら大包平の方だろう」
 は、と大包平が首を傾げると気がついてないのかと鶯丸は目を丸くした。
「お前、背が縮んでるぞ」
「……は?」
 鶯丸は愉快そうに薬研の名を呼んだ。

 結論からして、大包平の身長は縮んでいた。その上に、どうやら時間経過で人の子の成長を遡るかのように肉体の若返りが起きていることが判明した。
「アー、大将の緊急の呼び出しだが、手入れ部屋の不具合だ。大将は手入れ部屋の創設に関わってるからな。まあ、あれだ。技術者の宿命だな」
「昨日の夕方に手入れ部屋に入ったが、その時からの不具合だと?」
「おそらくな。にしても、鶯丸の旦那はよく気がついたな」
「うん? 見た目が全然違うだろう?」
「霊力というか、核となる本体は傷一つ無いから、刀剣男士は気が付かないやつが大半だと思うぜ。俺達刀剣男士が見ている視界ってのは人とは違う。今回の大包平の旦那の変化程度じゃあ、自分の神力で補完されて、異常に気が付かない。あれだ、人間が視界が一部欠けけても、脳内で補完しちまうようなやつだ」
 薬研はそこまで言うと書類つまり診断書を書き終えて、大包平に渡した。大包平はその書類に、大包平の現在の体格が打刀程度であると書かれているのを見て、そうなのかと納得した。言われてしまえば、目線が普段より低いことが認識できる。鶯丸は、審神者代理の元へ向かう大包平についていく気らしく、追い出されまいと大人しくしていた。

 鶯丸と大包平が審神者代理部屋を尋ねると、加州は何やら画面を空中に複数立ち上げて会議をしていた。どうやら複数の本丸の審神者代理と会議中らしく、初期刀らしき打刀から、短刀、果ては天下五剣まで、幅広い審神者代理の姿が見えた。
 彼らの視線が大包平に集まり、驚きの声が上がる。審神者代理を務めるだけの信頼を得た刀たちだからこそ、言われずとも大包平の不具合に気がついたのだろう。
 加州は大包平から診断書を受け取ると、なるほどねと秋田に写しと保管を頼んだ。
「手入れ部屋の異常だけど、うちでは若返りが起きてるみたいだね」
 加州の言葉に真っ先に反応したのは蜂須賀だった。
『俺の所属する本丸では女性への変化だったけれど、もしかしたら若返りも起きているかもしれないな。調査するよ』
 続いて反応したのは乱だ。
『若返りは僕の所属する本丸でも起きてるよ! ところで、まだあるじさんとの連絡が取れないの?』
 その問いかけに、三日月がうむと答える。
『そのようだ。俺のところは石切丸と博多が双方の分野から技術の解析をしているぞ。主からそのような頼み事があったらな』
『緊急時の行動指針っちゅうやつじゃのう。あ、わしのところは手入れ部屋の封鎖ぜよ』
 これ以上の被害を食い止めねばと陸奥守がきゅっと眉を寄せた。加州は、そうねと同意した。
「封鎖は全本丸でよろしくね。あと、出陣は控えること。遠征は戦闘禁止のもののみ許可。主が戻るまで、本丸の維持が最優先事項。いいね?」
 了解との返事で会議が終わり、全ての画面が消えると、加州は大包平に向き直る。
 不安はあるかと問われた大包平は、特に無いと答えた。体が脇差程度に変化していたが、本体に異常はないようなので、審神者が戻ってくれば──つまり手入れ部屋のメンテナンスが終了すれば──大包平の肉体も元に戻るだろう。

 鶯丸が面白そうに大包平を眺めている。大包平は適当に浦島から服を借りて農作業をしていた。どうせ出陣できないならと、普段は手の届きにくい作業を本丸総出で行っている。農作業以外だと、掃除、洗濯、裏山の管理、小屋の修繕等々である。
 せっせと畝を崩して畑を耕す大包平に、鶯丸は能力値の変化はなかったのだなと安心した様子だった。問題なのは、体の大きさの違いだけである。大包平はうまいこと幼い肉体を使って、農具を扱っていた。

 主が不在の不安を紛らわすように、刀たちはせっせと働いた。そして不具合が起きている大包平といえば、休憩したらどうかと御手杵に打診された昼頃には愛染ほどの少年に変わっていた。

「ふぎゃー!! 大包平さんとってもかわいいです!」
「うるさい!!」
「どっちもどっちだな」
 鶯丸のツッコミは気にせず、毛利は大包平の前で悶えている。可愛い可愛いと言いながらも、後ろに篭手切を連れてきていた。よく共にいる豊前は、裏山の管理部隊に組み込まれているようだ。
 着飾り甲斐がありますねと篭手切が楽しそうに着物を見立てる。丁度良い丈の着物があったんですよと言うところから、どうやら午前中に万屋へ行ったらしい。
 動きやすい袴姿に、鶯丸はカメラはどこだと平野に聞き、個人用の端末と持参したカメラで幼い肉体の大包平の記録を残していた。

 撮影会が落ち着いた頃、ところでと、毛利と平野がお菓子を用意しながら問いかけた。
「どうして大包平さんだけが、若返りの被害に遭ったのでしょうか」
「何か心当たりはありませんか?」
 心当たりか、と大包平が考える。普段と違うことといえば。
「朝、誰かに起こされたな」
 あれは誰の声だったのかと大包平が首を傾げると、鶯丸がどんな声だったかと問いかける。大包平はうんと考えてから、ああそうだったと思い出した。
「あれは姫の声だったな」
「まさかと思いますが、それはお城の妖の……?」
 不審そうな平野の声に、大包平は大したことはないと告げる。
「昔馴染みだな」
「遊びにいらしたんですね!」
 なあんだと毛利が頷く。
「それなら心配はありませんね。姫は大包平さんのことを気に入っていましたから」
 安心したからか、心置きなく幼い大包平を愛でる毛利を一瞥し、平野は鶯丸と向き合った。
「害はないということで、報告しますね」
「そのようだな。そして、俺は大包平と共にいると審神者代理に伝えてくれ」
「わかりました」
 そうして立ち去る平野を横目に、鶯丸は茶を飲みながら、ビデオカメラとやらはどこだったかと考えたのだった。


・・・


「以上がこの本丸の若返りバグ報告ね。主、めんてなんすお疲れ様」
 夜更けの頃。ようやく帰宅した審神者に、報告を済ませた審神者代理の加州は、主の労をねぎらったのだった。

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