逆行世界の住人より/大包平+今剣+平野藤四郎/修行の話/審神者がいます
タイトルは3gramme.様からお借りしました。
!これは二次創作です!


 外と中、外と内。外と、天。

─大包平はたかまがはらのきおくがありますか
 そう、聞かれたことがある。大包平はうつらうつらと縁側で船を漕ぎながら、今剣が極の修行に向かう前日のことを思い出した。

 今剣は実在しない刀である。また、政府が審神者に降ろさせた今剣は、審神者適合者が現存する逸話から生み落とした物であり、歴史に存在する今剣とは別個である。

 大包平はその説明を審神者から聞いたときに、真逆と驚きつつも、納得した。今剣の歴史への執着は、他とは一線を画す。歴史を変えては何故いけないの。そのような問いは誰しもが思うこととはいえ、その問いを実際に言葉にするのはどこか限定された刀であるように思っていた。
 具体的にこの大包平が気にするのは、同じ本丸に降りている今剣と鯰尾のことだ。記録媒体で件の会話を聞いた時の衝撃を、大包平はよく覚えている。

 鯰尾は記憶を失くしていた。故に、記憶を気にかけていた。失くしてから大切なものだと気がつくことと、仕掛けは同じだ。無いからこそ、気になるのだ。普段は言わないものの、彼は記憶のことを気にかけていた。実際、修行先からの手紙にそれらしきことが書いてあった。
 今剣は歴史がない。彼にあるのは逸話である。なるほど、どちらも無いものなのだ。

 審神者は鯰尾の修行に慎重であったが、ある朝、急に鯰尾を呼び出して、乞われていた修行許可を出した。大包平がそのことを風の噂に聞いたのは、もう鯰尾が出立した後のことであった。
 私はね、審神者は言う。私ならば、無いものを手に入れたら、手に余すだろう。審神者はそう手を握りしめた。手放したものが戻ってくるならばまだ扱いが分かっている。だが、元からないものを手に入れてしまったら。審神者はそれが恐ろしいのだと言う。
 今剣の修行申し立ての場に大包平は同席していた。それは全くの偶然であった。だが、今になってみると必然だったのかと、勘繰りたくもなる。

 審神者は大包平に問うた。貴方なら、どうしますか。

 審神者は、大包平の記録を知っているのだ。大包平が修行見送りの際に発する言葉、少ない逸話、奇跡のような保存状態を誇る刀。貴方は、もし、逸話を手に入れたらどうしますか。
 大包平はその場では黙る他なかった。修行の申し立てで、審神者はどこか混乱して見えたし、すぐ外の廊下では今剣が修行許可を貰えなかったことに不甲斐なさのようなものを感じて立っていたのを、知っていたからだ。

 しばらくの時間を置いた頃、つまりその夜。大包平は普段は審神者との面会が禁じられた時間に、執務室を訪れた。審神者は護衛の平野と共に、眠らずに夜の執務室にいた。

 早く寝なさいと言われ、大包平は主こそと返し、言った。
「何を手に入れようと、それが力になるならば、主の刀たる刀剣男士として迷う事は無いだろう」
 審神者は問うた。存在を否定されてもですか。大包平は言った。
「存在を否定されても、既に刀を捧げている。自ら出向いた修行で存在を否定されても、審神者に刀を捧げた時間は変わらない。それが変われば歴史改変だ。主、分かっているだろう。俺達刀剣男士は、歴史を改変させぬ為に審神者の呼びかけに応えた」
 審神者は問うた。審神者に服従することと、歴史修正主義者を折ることは同義ですか。大包平は笑った。
「ハッ、俺達が審神者に服従するだけのものと言いたいのか?」
 否、否。審神者は頭を振った。そうだ。刀剣男士は物でありながら、意思を持つ。そのことを、審神者が一番理解せずと、誰が理解するという。
「主の心配は無用なことだ」
 唯、と大包平は仕方ないなと言うような落ち着いた声を出した。唯、ひとつ。この大包平がこの本丸の刀の代表として人の子を褒めようと、言った。
「俺達の心を思い遣ってくれて、感謝する」
 審神者は、つうと、涙を流した。


 今剣さんが帰還の準備に入ったそうです。あの時の護衛であった平野が、縁側にいる大包平にわざわざ報告しに来た。
「そうか、やっとか」
「はい。これで鶯丸様を迎える準備が整います」
「本丸の刀が揃わねば顕現させないとは、意固地だと思うが」
「それが主の御意向ですから」
「心根が優し過ぎるんだ」
「しかし、大包平さまも同意なさったではないですか」
「主の意なら仕方ない」
「今剣さんと仲が良かったと思いましたが」
「よく見てるな」
「縁側の茶会仲間ですから」
「たまには茶室に行ってもいいぞ」
「大包平さまのお好きな羊羹が食べ頃かと思ったのですが……」
「羊羹は好きだが、食べ物の好き好みの話などしたか?」
「目を輝かせていらっしゃるので、一目で分かります」
 ふふと平野が笑う。その時、どんがらがしゃんと何処かで誰かが物を散らかした音がしたが、先程の報せからして犯人は審神者だろうと大包平は気にしなかった。
 慌てて玄関に飛び出していく審神者が、修行の帰還手続きは執務室だろうと刀に呼び止められて、執務室に逆戻りしている。
 さあ、今剣が帰ってくる。大包平は立ち上がった。平野もまた、立ち上がる。
「今剣さんへどう声を掛けるつもりですか?」
 問いかけに、大包平はすぐに答えた。
「おかえりと言うだけだ」
 帰還したのだからと大包平が言えば、左様ですかと平野は嬉しそうに返したのだった。

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