鶯丸+獅子王/やさしい貴方は否定する/笛の音に懐かしくなる獅子王さんとやさしい鶯丸さん/春の庭


 穏やかな音がする。それは笛の音だ。どうやら多趣味な主は笛も嗜むらしい。心地良い音色だと感心すれば、ひょいと黄色い子どもが現れた。正確には子どもではなく、青年期ぐらいだろう。若い見た目をしたその黄色い子も俺と同じ平安の生まれなのだが、どうにもそうは見えない。というより、本人がそう望んでいるのだろう。気さくな子で、誰とでも仲良くなりたいとそう望んでいるのだろう。
「鶯丸さん。落雁もらったから茶を淹れてきたんだけど、一緒に食べねえ?」
「ああ、構わない。歓迎するさ。でも場所を移すか。ここでは少し寒い」
「今日は寒いもんなー。よし、近い部屋だと、丁度空き部屋があったな」
「この間、短刀達が掃除していたから綺麗だろうと思う」
 俺は立ち上がって縁側を進む。後ろをひょこひょこと黄色い子がついてくる。平安生まれで黄色とは言ったが正しくは金色の髪をしているその子、名は獅子王。かつての主をじっちゃんと慕い続ける、何処か孫っぽい青年だ。
 空き部屋の障子を開けば敷かれた畳以外は何もない部屋があった。主によって全部屋に設置された電気を使った灯りのスイッチに手をかけるものの、昼間のこの時間はたとえ障子を閉めたとしても自然の光だけで十分だった。部屋の真ん中に移動し、獅子王がお盆を片手に器用に障子を閉め、俺の向かいに座る。畳の上にお盆を置き、茶の入った湯のみの片方を持って俺に差し出した。俺は礼を言って受け取り、獅子王は礼を返してから自分の湯のみを手に取った。
 そこで、そうだと獅子王が持ったばかりの湯のみをお盆に置いて立ち上がり、障子を少し開く。これぐらいなら寒くないし桜を見れると笑った獅子王に、そうだなと笑い返した。
 主から頂いたという落雁を食べつつ、茶を楽しむ。獅子王はぼんやりととりとめのない話をし、俺はそれに相槌を打つ。活動的な獅子王だが、こうして静かにしているのも好きらしい。というより必要なのだろう。心の休息とか、そういったヒトガタを取る前には必要なかったものの類だ。
「あのさー、鶯丸さん」
「どうした」
「桜、綺麗だな。ほんとにさ」
 障子の隙間から桜を見る獅子王はとても静かだ。こうしていると俺たちと同じく長い年月を生きてきたのだなと分かる。賑やかで気さくな獅子王だって本来の姿だろうが、俺からしてみればこちらの姿の方が何も取り繕わない本来の姿に見えた。きっとそれは俺がそちらの獅子王を好んでいるからだろう。俺はどちらかといえば穏やかで変哲もない日常を好むからだ。
 獅子王はこちらへくるりと顔を回す。そしてへらりと気の抜けた笑みを作った。
「鶯丸さんは花が好きか?」
 寂しそうな質問の意図は分かりやすく、だから俺は決まり切った言葉を返す。
「俺は刀だからな」
 お前のじっちゃんとは違うのだと。獅子王はくしゃりと顔を歪めた。
「鶯丸さんは、やさしいなあ」
 聴こえてくる笛の音は心地良く、あまりに懐かしい音だった。

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