三日月+獅子王/千代紙/獅子王さんが箱入り息子のような話


 触れたそれは柔らかく。
 目の前にある千代紙にどうしたのかと問えば、主が拾ってきたと獅子王は言った。恐らく買ったのだろうと見当を付けて差し出された千代紙を手に取った。柔らかな心地のそれには絢爛豪華な模様が描かれており、一目で上等なものだと分かる。けれど獅子王はそれを何でも無いように触れて折ってゆく。あっという間に出来たのは折り鶴だった。
 獅子王は戦場と屋敷しか知らないような、一風変わった箱入り息子だ。それがよく分かったのはつい先日に主と三人で出掛けた際に、こんな買い物など初めてだとはしゃいだ時だ。俺も最初はそうだったのだが、まさか獅子王がそんな反応するとは思わず、とても驚いたものだ。
 さて、目の前の話に戻ろう。次の千代紙に手を付けた獅子王はするすると紙を折ってゆく。やけに滑らかに手が動くと関心していれば、どうやら事前に書物を読んでおいたらしい。机の隅に二冊の本が置いてあった。主が持ち込んだのであろう装丁の本は表紙だけ見てもやたらと色鮮やかだった。
 視線を獅子王に戻せば折った千代紙に空気を含ませて紙風船を作っていた。そしてそれに満足したのか、幾つも並んだ作品たちの中に置くと次へと取り掛かっていた。なかなかに多く作ったのだなと思っていれば獅子王がくるりとこちらを見た。そして唇が言葉を形作る。
「じーさんは作らねえの?」
 不思議そうな言葉に俺は手先が器用ではないからと断れば、簡単なものを作ろうと提案されて、机に向かう獅子王の隣に座った。
「やっこさん作ろうぜ」
「ほう」
 ひとつひとつ教えて貰いながら絢爛豪華な千代紙を折ってゆく。俺もこういうものに躊躇しない方なので折る指先は滑らかに動いた。やがて出来上がったやっこさんは獅子王の作ったものより少々不恰好に見えたが、何だか愛嬌があるように見えた。それを口にすれば獅子王は笑った。
「自分が作ったんだから愛着ってやつが生まれたんだと思うぜ」
 まるで子を見るかのような目に生まれてそう間もない心が温かくなったような気がし、自然と顔が綻ぶのを感じた。
「獅子王は母のようだな」
 父は俺を作ったあの刀工だ。ならば感情を教えてくれるお前は伝え聞く母のようだと。獅子王はふくれっ面になる。
「それを言うなら兄弟の方が合ってるんじゃね?あ、兄弟というより近所のにーちゃんとか」
 しかしそう言い終わった獅子王はころりと表情を変えた。
「ま、でも教えられることなら教えるぜ!」
 獅子王は一族によって愛され、大切にされてきた。与えられた偉大な愛であるそれは住居を移そうと忘れられるものではなかったのだろう。そう、まるで姿が母のようであれ兄のようであれ、惜しみなく愛を与えようと言う。それは愛されたことを感じ、知っているからこそのものだ。
「まぶしいものだ」
 ぽとりと呟けば、獅子王は明るく笑っていた。その笑顔には確かに無償の愛が覗いていた。

- ナノ -