実福/あなたの愛をのぞむ/互いの気持ちは知っていても決定的なことを言わないふたりにもだもだする本丸の話を、書こうとしたら、だらだらと審神者が喋っている話になりました。/容姿不明の女審神者が出て来ます。/薬研視点寄りです。


 からん、からんどう。がらんどうの、うつわ。

「人間なんて肉があるだけに過ぎない」
 これがこの本丸の審神者の持論だ。

 薬研は薬部屋に向かおうとしていた。だが、道中、立ち止まる。ふっと甘い匂いがした。花の匂いで、この本丸にそれをいっとう好む刀がいる。
「バラか」
 一重しかないそれは、香りの強い種だ。福島はにこにこと笑っている。
「そうだよ。薬研くんも要るかい?」
「誰に渡したか聞いてもいいか」
「構わないよ。実休かな」
「それは怖い。やめておくか」
「残念」
 福島は苦笑する。薬研はそんな福島を見上げる。手元にあるバラの花束は瑞々しく煌めいている。

「やげニキたすけて」
「それは大将が無茶をしないと約束できたらな」
「この薬湯苦くない? 何したのニキ」
「とびっきり効くやつにした」
「くっ、ちゃんと仕事してるだけだ!」
「お褒めいただき光栄だなア」
 審神者はええいと薬湯を飲んだ。
「大丈夫かい?」
 ひょいと顔を出したのは福島だ。薬研は気にしなくていいと手を振る。審神者は不味いと不満を言いつつも、福島に入室許可を出した。
 花を飾りたくて。そう言った福島の手に花はない。好きな花はあるかなと聞くので、審神者はそうだなあと呻く。
「バラがいい。とびきりのやつを一輪だけ」
「それだけ?」
「うん。それだけでいい。ああ、花は好きだよ。ただねえ、あなたから花をもらうのは忍びない」
「もらうも何も、この本丸の審神者はあなただろうに」
「いやそうだけどさあ。バラは私の庭にあるよ。薬研、案内してあげて」
「いいのか? あそこは滅多にひとを入れんだろう」
「いいんだよ。あなた方は人間じゃないし」
 戸惑う様子の福島を横目に、審神者に口直しの菓子を渡した。審神者の手に菓子が乗るのを見てから、薬研は福島を庭へと案内した。

 審神者の私室を通ってからしか行けない場所に、審神者の庭がある。彼女だけが手を入れているそこは、見た目こそ真っ直ぐには整えられていないものの、のびのびと、審神者の好きな植物だけが草根を伸ばしている。
「バラはこれだな」
「これはすごいな……花を取るには怪我をしそうだね」
 こんもりとしたバラの株、そこに一輪だけ花が咲いている。薬研はこの本丸の初期からいる、数少ない刀の一つだ。だからこそ、審神者がこのバラの株には一輪しか咲かないように工夫していることを知っている。枯れそうになったら、次のバラの蕾を用意するのだ。嫌に計画的なのに、それを見せないようにしている。
 どこか、外ツ国の物語に似ている。化け物の魂はたった一輪バラの花、のような。
「あれしかないのかい」
「あれを飾って欲しいんだろうな」
 分かりにくいお人だ。そう言外に言うと、福島は仕方ないかとバラの棘を気にしながら手を伸ばし、ハサミで収穫した。

 そうして水桶やらなんやらを用意して、きちんと処理をして、審神者にバラの一輪挿しを用意した。審神者はうんと頷いた。
「綺麗だね」
「良かったよ」
「福島、少しいいかな」
 薬研は下がらなくていい。審神者は薬研が渡した菓子をゆっくりと食べながら言う。
 もしも。
「この花が散る時に、命が尽きるなら、何がしたい?」
 それは薬研が思い出した外ツ国の物語だ。福島の知らないそれ。福島はきょとんとする。
「そりゃあ、悔いの無いように日々を生きるだけさ」
「あっそう」
 さして興味のなさそうな風体をして、それでいてしつこく言う。
「私なら、刃で腹を掻き切る」
 そういえばね、福島。
「九寸五分の恋って、知ってる?」
 福島はやんわりと、困った様子で笑っていた。

「大将は酷いな」
 福島を見送った薬研が言うと、酷いなと審神者は笑う。
「ただ焦ったいだけさ」
「焚き付けたつもりか? 大将には無理だな」
「そう? 心ってやつは難しいね」
「人心をよく知るのは大将だろうに」
「さあねえ。少なくとも私は福島と実休の心が分かんないから、なんにも知っちゃいない」
 薬研が渡した菓子は最中だった。餡子がたっぷり詰まったものを二つ。審神者はぺろりと平らげた。
「さてさ、ほらいつまで押し黙っているんだい」
 実休光忠。
 笑いかける審神者に、実休はひょいと近侍部屋から顔を出す。
「いや、僕は聞いちゃいけないかなって」
「聞かれて困る話なんてないよ。ねえ、薬研ニキ」
「そうだなア。そういうところが人の心がねえなア」
「酷いな。実休、仕事は片付いただろう? 明日は暇をあげよう」
「別にいらないよ」
「福ちゃんとおしゃべりしなさいって言ってんだわ」
「福島は部屋が同じだから、夜にでも話せるよ」
「そうじゃねえんだよなあ。ねえニキどう思う?」
「おっと、何も言わねえぜ」
「酷いな」
「ええと」
 困惑する実休に、審神者は仕方ないさと笑う。
「ただ、焦ったいだけなのさ。私は人間が嫌いだが、刀は好きだ。あなた方には好きなように好きなものを愛でて生きてほしい。これはエゴだよ」
 そして。
「エゴこそが、誰かを愛することに繋がっている」
 にたりと笑う審神者に、実休は苦笑し、薬研は病人はさっさと寝なと背中を叩いた。

 薬研は審神者を寝かしつけて、近侍部屋に向かう。隣のそこで、本日の近侍である実休に話しかける。
「すまねえな、実休さん」
「いや、大丈夫。あの、病態は?」
「単に昨日まで詰めてた仕事が片付いただけだぜ。無茶していた中で、気が緩んで、熱を出した。渡した薬湯は栄養をつけるだけのものだな」
「ふうん。無事ならいいや」
 実休は筆を置く。近侍の仕事の仕上げである日誌を書いたのだ。もう時間は夕方にさし掛かってている。
「そろそろ夕飯か?」
「うん。薬研くんもかい?」
「いや、大将と夜食にする。そもそも俺はあんまり飯を気にしない個体だからな」
「お腹減らないのかい?」
「そうだな」
 実休さんは食べてきな。そう背中を押すように言うと、実休はそうしようかなと立ち上がった。ふっと、そこで刀が廊下を通る。福島だった。
「あ、薬研くん、ここにいた。光忠が薬膳のリクエストを受け付けるって」
「おお、なら梅干しは小鉢に一つだな。あとはなんでもいいぜ」
「それだけかい?」
「ああ、あとは担当したやつにおまかせだな。燭台切の旦那ならうまくやるだろ」
「そう? じゃあそう伝えるけど、」
 離れて行こうとする福島に、薬研は待ちなと呼び止めた。
「実休さんと食堂に行けばいいぜ」
「え、」
 そう溢したのは実休と福島だ。薬研はにっこりも笑って見せた。
「大将がそうお望みだ、ってな」
 実休は苦笑し、福島は息を吐いた。

 ふたりを見送って、薬研は審神者の執務室に戻る。とはいえ、執務室と近侍部屋は隣同士だが。
 審神者はくあと欠伸をして、起き上がった。
「変わんないねえ」
「そう変わらんだろ」
「まあそうか。薬研たすけて」
「今度はなんだ?」
「ちょっと今回の不調、長引くかもしんない」
 人間経験から、ちょっと触りが悪いと。

 それから審神者が高熱を出し、薬研たちは看病と霊力バグで散々な目に遭ったが、収穫はあった。
 薬研も審神者も知らないところで、実休と福島が恋仲になったのだ。光忠が証人として説明したので、審神者はあんぐりと口を開けた。
「なんだ? 好きなように生きてもらうには私が倒れなきゃいかんのか?」
「大将がそんなことしてたら死ぬぞ」
 ただの人間だろと言うと、そうだよ肉だよと病み上がりの審神者はバラを眺めた。まだ、花は枯れそうにない。

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