戦闘が苦手で恋愛に鈍感な個体の福ちゃん/短編会話詰め合わせ/伊達織田長船+αたちから口説かれてるけど鈍感を極めてる福ちゃんです。/女審神者が少し出てきます。


 この本丸の福島光忠は戦闘が苦手なようだ。福島光忠を入手してから数回の出陣と、福島との面談、そして戦場を共にした刀剣男士たちへの聞き込みにより、審神者は福島にはある程度の練度さえあればいいと告げた。
「その代わり、本丸内の仕事を頑張ってほしい」
 審神者の凛とした言葉に、福島は勿論と頭を下げた。

 既に百振りを越える大所帯の本丸。審神者の住む城、そして主な共用スペースや膨大な部屋数のある母屋。その他、長屋と離れ屋敷が建っている。長屋も離れ屋敷も少々変わり者揃いであるが、皆が仲の良い、良好な成績の本丸である。
 そんな本丸では常に三振りの固定近侍がいる。
 一、獅子王。常に明るく気安く、それでいて鵺という摩訶不思議を相棒とする深い知恵のある刀だ。
 二、三日月宗近。いつも穏やかであり、底知れないがわりとうっかりやである。親しみやすいが、実は初太刀であり、本丸の最古参に数えられる。
 三、大包平。真面目すぎるが愛情深く、手先が器用な個体である。常に健やかであり、本丸の太陽のような存在だ。
 以上、三振りが本丸の固定近侍として、今日も近侍部屋で休憩時間に茶をしばく。
「ところで最近の福ちゃんは口説かれてんな」
 獅子王の発言に、うむと三日月は微笑む。
「そうだな。福島が本丸に来てからもうだいぶ経つ。そろそろだと仕掛けに行ったのだろう」
 そんな獅子王と三日月に新しい茶を出しながら大包平はため息を吐く。
「恋愛にうつつを抜かすなとは言わんが、そもそも正々堂々口説けばいいものを」
「なあ大包平、ここの福島が正々堂々告白されたらどうなると思う?」
「斬る」
「振ると言うのだぞ、大包平や」
「そんなことは知っているぞジジイ!」
「だからさあ、皆、あっさり袖にされるのが嫌なんだって」
「何故だ? その程度の気持ちなのか?」
「大包平や、皆がそれなりに本気であるということだぞ」
「む?」
「恋と愛の駆け引きだな」
「ああ文学小説か? 恋愛小説も読んでみるか」
「いいぞ。まずは古典がいいのではないか?」
「外ツ国の本も図書室に揃ってるし、いいと思うぜ」
 にしても。
「福島が疲れなければいいが……」
「その時は近侍部屋に駆け込んでくるように伝えてるから大丈夫だろ」
「うむ。見極められんほどではないだろう。きっと、おそらく」
「はっきり言ってやれ。俺の孫の一振りなんだぞ!」
「はっはっは」
 そんな本丸での福島の日常である。


1、薬研
 福島は薬研の薬部屋を訪ねていた。
「お、来たか福島さん」
「うん。野暮用でね、傷薬をもらえるかな」
「怪我か? 手入れの方はどうなんだ?」
「手入れするほどじゃないよ。少し書類仕事で指を切ってしまっただけだからね」
「そうか。軟膏があるはずだぜ」
 薬研から軟膏を受け取ろうとして、薬研がその手を取る。ぱちんと福島が瞬きをすると、薬研が全くと苦笑する。
「見せてくれるか? 俺が確認してえんだ」
「ええと」
「火傷痕なら平気だぜ」
「そうかな、まあ実休を見てるもんね」
「まあそんなところだな。手袋を脱がせるぜ」
「うん」
 するりと手袋を脱がせると、指先に切り傷があった。手袋をしていると紙が滑るから素手だったんだと福島は苦笑した。
「まったく、おひいさんの手は花を愛でるためのものだってのに」
「いやあの、そのおひいさんはやめてね」
「おっとすまねえな。つい癖で」
「俺も刀剣男士だしね。その、おひいさんっていうのは信長公のところにいた頃の俺のこと?」
「ああ。焼けて記憶が無いんだろう?」
「そもそも不確定で噂みたいな逸話だし、薬研くんも気にすることないのに」
 よし、と軟膏を塗り終えた薬研がそのまま手を握る。どうかした、と福島が言うと。薬研が顔を上げて立ち上がる。さらりと、髪を触られる。
「髪は伸ばさないのか?」
「伸ばさないけど……えっと、俺、昔は長かったの?」
「俺の知ってるおひいさんは長かったからなあ」
「それどのお姫様と間違えてるのさ」
「ははっどうだかなあ」
 全くもうと福島は薬研を見上げる。
「実休の普段の話が聞きたいならいつでも聞いてくれていいんだぞ」
「いや、実休さんにはひみつだな」
「実休が言いそうなことを」
 くすくすと笑う福島に薬研はにこりと笑う。
「福島さんは一人部屋だよな」
「ああ、母屋の隅の方だよ」
「今晩は俺と過ごしてくれないか?」
「今晩? 何で夜?」
「福島さんから花の話を教えてもらいたくてな。駄目だったか?」
「そのぐらいいつでもいいよ」
 そこでそろそろ用事があるからと立ちあがろうとする福島から離れて、薬研はまた夜にと笑っていた。


2、太鼓鐘
「福ちゃーーん!」
「あ! 貞ちゃんくーん!」
 駆け寄ってくる太鼓鐘を抱き止めると、ぱっとが明るい顔をして太鼓鐘は言う。
「今日は俺が誉をとったんだ!」
「そっか。それは光忠が喜ぶよ」
「だから福ちゃんからもご褒美くれねえか?」
「俺から? なんで?」
「仲良しだろ?」
「うーん確かに。光忠もいつもお世話になってるし、いいよ、なにがいい?」
「福ちゃん屈んで?」
「え? うん」
 そうすると太鼓鐘はその頬に口付けを一つした。ふわりとした一瞬のそれに、福島はポカンとする。
「ええと?」
「唇はもっと仲良くなってからな?」
「え、うん?」
「どきどきする?」
「いや別に。びっくりはしてるけど」
「そっかあ。俺もまだまだだなあ」
「充分強いじゃないか!」
「それはそれ、これはこれ、だぜ?」
 なあ福ちゃん。近いままの顔、その耳元に太鼓鐘が囁く。
「美味しいお菓子を買ってきたから、このあと食べようぜ」
「それはいいね、みんなを誘おうか?」
「いや数が少ないから二振りだな!」
「そう? じゃあ光忠の話をたくさんしようか」
「うん!」
 じゃあまたなと太鼓鐘はたったかと駆けて行った。


3、不動
 母屋の裏、福島がひょいと顔を出すと、ぱたぱたと戦装束の不動が走ってきた。
「福島さん!」
「やっぱりここにいたんだね。そろそろ出陣なんだろう?」
「うん。あのさ、誉を一定数取ると褒美が貰えるのは知ってる?」
「もちろん。不動くんはそろそろかい?」
「そうなんだ。だから、その時は俺と万屋街まで買い物に出てくれないかな」
「自分で選ぶのか。それもいいね」
「福島さんとお揃いのものがいいなって」
「不動くんの褒美なのに?」
「充分、褒美になるよ」
「それならいいけど、無茶しないでね」
「勿論! じゃあ約束、してくれるか?」
「うん、一緒に買い物に行こうね」


4、大倶利伽羅
 長屋の奥。ひっそりとしたそこは大倶利伽羅の部屋だ。
「福島だよ、入って良いかい」
「構わない」
 無愛想な返事に、苦笑して、失礼しますと福島は入室した。
 そして花瓶の花の世話を終えた頃、大倶利伽羅が言った。
「福島」
「なんだい?」
「花について教えてほしい」
「いいよ」
 大倶利伽羅とは二人きりで会うことがたまにあった。いつのまにか懐かれたらしく、無愛想ながら福島が教える花の知識を大倶利伽羅は真剣に聞いていた。
「花が好きなのかい?」
 ふと聞くと、大倶利伽羅は顔を上げた。
「いや別に」
「そうなんだ」
「贈りたいやつがいる」
「花を? それはいいね」
「ただ、俺は花を知らない。だから、教えを乞うている」
「乞うなんて大袈裟だな」
「そいつは花が好きなんだ」
「へえ、誰なのか聞くのは野暮だけど、花が好きな仲間がいるのは嬉しいな」
 いつか紹介してねと福島が笑うと、大倶利伽羅はそのうちわかるとだけ言っていた。


5、長谷部
「いつも助かる」
「書類仕事のこと? 俺も少しは慣れてきたかな」
「ああ、それに主の私室に花を飾っているのは福島なんだろう」
「そうだよ。あ、決してやましいことはないからね」
「分かっている。ただ、主は存外、花が好きだったのかと、新たな一面を知れて感謝している」
「そうかい?」
「主は戦ばかりの人だからな。身を飾ることも武器としか考えておられない。だから、花で少しでも心が安らぐならば、それは俺にはできない素晴らしい行いだ」
「長谷部くん」
 福島がはっきり言った。
「それは適材適所だろう?」
「ああ、そうだな」
「そういうこと」
「ならば、その、」
 急に歯切れの悪くなった長谷部に福島が書類から顔を上げてキョトンとすると、長谷部は気まずそうに言った。
「俺の部屋にも、花を飾ってくれないか」
「構わないよ」
「いいのか?」
「うん。ほしいという刀には渡しているからね。好きな花はあるかい? 傾向とか」
 すると長谷部はじっと福島の目を見た。ぱちりと瞬きをすると、長谷部はそっと福島の目元を撫でた。
「赤がいい」
「赤? また広範囲だな。長谷部くんの部屋に合うように頑張って考えるよ」
「助かる」
 長谷部は嬉しそうに笑って、書類仕事に戻ったので、福島もせっせと書類仕事に戻った。


6、宗三
「福島、福島はどこですか」
「あ、宗三さん」
 福島の部屋に宗三はずかずかと入ると、じとりと福島を見た。
「バグと聞きました。それですか?」
「うん。髪がとても伸びてしまってね。これでは家事も書類仕事もままならなくて」
「床までありますからね。そこに座りなさい」
「え?」
「そんな姿では諸々の仕事は諦めなさい。休暇です。さて、僕もそれなりに髪が長いですし、同じように髪の長い兄弟もいますから、髪を纏める手伝いをします」
「審神者からのお願いかな? ありがとう、助かるよ」
「いいえ別に」
 そうして宗三は福島の髪を編み込んで床に広がらないようにすると、桃色の紐できゅっと結んだ。
「痛くはありませんか」
「全く。違和感はあるけれど」
「それでいいんです。多少は動きやすくなるでしょうね」
 そして宗三はそっと後ろから耳元で囁いた。
「どうですか、他人に髪を触られる感覚は」
「別にどうということもないよ? 宗三くんはいつも優しいからね」
 ふふと笑う福島に、そうですねえと宗三はくすりと笑って離れると、ではこれでと去って行ったのだった。


7、日本号
「号ちゃんおかえり。これから酒盛りかい?」
「おう。宴会会場に近つかづくなよ」
「うん。厨を手伝うよ」
「そうしとけ」
「号ちゃんお酒が好きだねえ」
「まあな。でも、良い飲み方と悪い飲み方ってもんがある」
「え、うん」
「嫌がる奴に飲ませるなんて論外ってことだ」
「あ、わ、ありがとう!」


8、小豆
「おや福島さん」
「厨の手伝いをするよ。芋を剥こうか?」
「たのむよ。まったく、わたしはすいーつせんもんなんだが」
「はは、そうは言っても調理が得意な刀は限られるからね」
「そうだね。じゃあそこでいもをむいてね、けがしないように」
「うん」
 てきぱきと芋を剥く。小豆が調理する音は心地よい。光忠や歌仙の音とはまた違うものだ。優しい雰囲気が気持ちいい。
「福島さん」
 困ったような顔で小豆が振り返っていた。
「なんだい?」
「そのかお、みんなのまえではしちゃだめだぞ?」
 その顔? そう問いかける前に、最後の芋を剥き終えてしまった。


9、謙信と小竜
「ふくしまさん!」
「福島さーん!」
「おやどうしたんだい。畑まで来て」
「てつだいにきたんだぞ!」
「任せて!」
「それは助かるよ。と言っても畑当番がやるような収穫とかじゃない地味な作業だけど」
「へいきだぞ!」
「任せて!」
「小竜くんはそれしか言わないなあ。じゃあ頑張ろうか。ちなみにお礼は何が良い?」
「「ひざまくら!」」
「……二振り同時は無理じゃないか?」
「なんとかするぞ!」
「そう!」
「そう? まあいいか。よし、最初は肥料を運ぼうか」
「まかせるんだぞ!」
「それぐらい大丈夫だよ!」
「はは、元気だなね」


10、大般若
「やあ福ちゃん」
「大般若くんどうしたんだ?」
「いや美しいものを愛たくてなあ」
「じゃあ今度の休暇に美術館にでも行くかい? 審神者が教えてくれたんだ」
「そりゃいいな。いい逢瀬だ」
「そういうわけじゃないでしょうに。親子でお出かけのようなものさ」
「ツレないねえ」
「大般若くんはいつもそうだからね」


11、鶴丸
「よっ福ちゃん!」
「あ、鶴丸さんかい?」
「出陣から帰ってきて疲労休暇だぜ!」
「なるほど」
「ところでここは廊下だろう? 少し場所を移して良いか?」
「どうしてだい?」
「花を使った驚きについて相談したくてな」
「ああそういうことか。構わないよ」
「適当な空き部屋に行くか」
「それならすぐそこにあるよ」
「いいな!」
 そうして空き部屋に入ると、鶴丸はすうっと目を細めた。
「福島」
「え、なに?」
「腕を見せてくれるか? 火傷がある方じゃない」
「……あー、察しがいいなあ」
「まあな。ほら、観念して見せてくれ」
 するりと福島が腕の布を捲り上げると、そこには真っ赤な痣があった。
「内出血だな。結構広い範囲だぞ」
「ええと、血が流れたわけじゃないだろ?」
「だが怪我は怪我だ。湿布を持ってきたから貼るぞ」
「ああもう、準備がいいなあ」
「これでもジジイだからな!」
 そうして湿布を貼られた上に包帯まで巻かれた。目立つのにと眉を下げると、隠していた方が悪いことになるぞと鶴丸はからから笑った。
「戦場には出てないから本丸内でぶつけたんだろう?」
「恥ずかしいけれど、少し立ちくらみがして倒れてしまってね」
「おいおい、立ちくらみなんて」
「脱水症状だったよ。見つけて世話してくれた短刀くんたちが教えてくれたんだ」
「なるほどなあ。審神者に報告はしたか?」
「報告はしてないよ。このぐらいの怪我で手入れ部屋なんて、資源が勿体無いだろう?」
「この本丸は滅多なことじゃ資材不足にはならないぞ?」
「それはそうだけど」
「ま、これ以上酷くなる前に審神者のところに行くべきだな」
「うう、そうするよ」
「素直でよろしい。じゃあ俺は出陣があるから」
「え、疲労休暇じゃ」
「大体治った。もともと疲労に強い個体でな!」
「そうなんだ。その、俺が言えた口じゃないけど、怪我しないようにな」
「もちろんだぜ」


12、後家と姫鶴(ちょっと背後注意)
「福島さん?」
 部屋に立ち寄ると、返事がない。しかし明かりはついている。寝てるのかなとそろりと戸を開くと、ぎょっとしてすぐに入室した。
「福島さん! 福島さんどうしたのそれ!?」
「……あ、ごけ、くん」
 赤らめた目、どろどろの赤い目。肌も朱色に染まっている。寝間着の乱れはなく、ただ、耐えている様子だった。
「風邪、熱じゃないね。いや、まさか、これ」
「媚薬でも飲まされたんじゃね」
「わ! おつう居たの?!」
「なんか福ちゃんが出てくる変な夢見たから、嫌な感じしてさあ。あたりだね。なんか呪術で媚薬効果が出てる。実際には媚薬なんてもの飲んでないんじゃね」
「あ、そうなんだ?!」
「だから呪術を解けばなんとかなるよ」
「良かった……」
「で、俺は審神者に報告と呪術関連刀に声かけるから、福ちゃんをよろしく」
「は?! え、この状態の福島さんと二人きりとかダメでしょ?! むり!」
「手ェ出したら締め上げられるよ」
「そうだよ!!」
「締め上げられなかったら真っ先に襲ってたでしょ」
「さすがおつうだね」
「現実逃避してないの。とにかく、福ちゃんの看病して。水飲ませたり声かけたりしてあげればいいから。襲ったら締め上げられるよ」
「二回も言う?! そんなに信用ないのボク?!」
「ごっちんだし」
「ボクを何だと思ってるのおつう」
「というわけでよろしく」
「あ、ちょ、置いていかないで!」
 無情にも出ていく姫鶴に残された後家は恐る恐る福島を見る。熱に喘ぐ福島は辛そうであり、扇状的である。落ち着けと深呼吸してから近くにあった水差しで湯呑みに水を注ぐ。福島の上半身を起こして、触るたびにびくつく体と声を聞かないふりして、なんとか水を飲ませてまた横にさせた。
 忍耐である。これも修行か。とにかく福島に大丈夫だよ、おつうがなんとかしてくれるからと懸命に声をかけながら、時が経つのを待ったのだった。

13、燭台切
「福島さん」
「どうしたんだい光忠。お兄ちゃんって呼んでもいいよ」
「それはともかくとして、風邪引いたんだって?」
「え、あー」
「はい嘘」
「知ってたんだろ、どうせ」
「後家くんと姫鶴くんが頑張ったんだってね」
「本当に、お礼しなきゃと思ってるんだけどどうしたらいいものか」
「福島さん」
「ん、なに?」
「もしも後家くんに襲われてたらどうするの?」
「それは俺の媚薬もどきのせいであって、後家くんに非はないよ」
「ああそう……」
「光忠も気にしないで。もう平気だから」
「ああもう……」
「光忠?」
「あのね、福島さん」
「え、うん?」
「今晩は僕が部屋を訪ねるから予定を空けておいてね」
「……なんで夜?」
「自由時間でしょ」
「確かに。何か俺に聞きたいことでもあるのかい? 光忠のほうが長く本丸にいるし、特に教えられることは何も」
「ただ一緒にいたいの。僕だって不安なんだからね」
「不安?」
「……福島さんは僕のお兄ちゃんでしょ」
「え、いま、お兄ちゃんって」
「本当に、都合の悪いことは聞かないんだから」
「ん?」
「何でもないよ。とりあえず一緒に寝よう。また何かあるといけないからね」
「分かった。じゃあ夜に待ってるからな」
「うん、また夜にね」


14、実休
 実休の秘密の庭。そこに入るのを許されている福島は散歩を楽しんでいた。
「福島」
 ふと声をかかられて、振り返ると実休が立っていた。
「休憩にするのかい?」
「うん。小屋においで」
「構わないよ。あそこいい匂いがするから好きなんだ」
「いいにおい?」
 きょとんとする実休に福島はくすくすと笑う。
「薬草の中に花のあるものもあるだろう? その香りが好きなんだ」
「ふうん。じゃあ匂い袋とか作ったら受け取ってくれる?」
「それは嬉しいな! 実休のおすすめなら絶対に」
「ところで、福島」
 すうっと実休が目を細めて、近寄ってくる。そっと唇を撫でた。
「ふたりきりの時は何で呼ぶんだったかな?」
「あ、えっと……」
 福島は戸惑いがちに口を開く。
「きゅう兄様、だよな」
「うん。そうだよ福島」
「うう、なんか恥ずかしいんだよなこれ」
「ふふ。そのうち慣れるよ」
 さあ行こうかと、実休に導かれて、彼の小屋へと向かったのだった。


15、近侍トリオと福ちゃん
「えーっと呼び出しってなんだい?」
「あ、そう固くならなくていいぜ」
「そうだぞ」
「茶を淹れたぞ! 福島も早く座るといい!」
「仕事は?」
「休憩時間だな、ははは」
「じゃあ本題いくぞー」
「とりあえず全員ちゃぶ台を囲め!!」
 そうして獅子王、三日月、大包平と福島がちゃぶ台を囲んだ。周囲には書類の山があるが三振りは特に気にしていないようである。
「実はさ、福ちゃん」
「なんだい?」
「最近なんかあったか?」
「いつも通りだよ」
「んー、告白は?」
「特にはないね」
「遠回しな告白とか。例えば恋文」
「平安基準なのかな? 特にないよ」
「なら良し」
「なんでそんな話に?」
「いや何、主が福島の健康診断をしただろう?」
「ああ昨日の」
「少しだけ異常値があったのだ。だからなあ、しばらく療養ということになったのだぞ」
「療養?」
「四六時中本丸を忙しなく動き回っているからな。過労だ。精神的なものもあるだろう!」
「なるほど?」
「俺たちみたいな休憩時間もろくに取ってないだろ、福ちゃん?」
「う、まあそうだね」
「しばらく一振でゆっくり過ごすようにとの主からの命令だ! 食事等の面倒事は俺たちで見極めた刀に任せることにする」
「はあ……見極め?」
「そこは俺たちに一任してもらえぬか? これでもジジイたちは心配なのだぞ」
「一緒にするなジジイ!!」
「俺たち仲良く平安刀だろ」
「ええと、療養はどのくらいの期間かな?」
「一週間だな!!」
「そんなに?!」
「むしろ主は一ヶ月は現世のりぞーと旅行に行って欲しかったらしいぜ」
「止めたのだぞ」
「それこそ決闘が起きるからな!」
「なんの決闘??」
「主が気合い入れて新しい小屋作ってさあ」
「そこまで?!」
「なるべく小屋にさせたぞ」
「最初は屋敷を建てようとしたからな!!」
「そんなことしないで?!」
「というわけで一週間の療養生活な!」
「ゆっくりするといいぞ」
「俺たち近侍組が毎日交代で検査ついでの見舞いに行くから安心するといい!」
「あ、ありがとう」


16.長義
 福島が療養のために軽い荷造りをしていると、声をかけられた。
「福島さん」
「あれ、長義くん? どうしたんだい?」
「手伝いに来たんだ。あとで猫殺しくんも来るって」
「そんなに纏める荷物なんてないよ。引っ越すわけでもあるまいし」
「そうだけどね。しばらく会えなくなるだろう?」
「そうかもしれないね。世話役が近侍組の選んだ刀だけ、なら彼らの古い知り合いたちだろうし」
「そうだとも。だから、」
 するりと長義が福島の、鞄の上にあった手を取る。そしてそのまま、てのひらに口付ける。
「え、」
「キスの格言は知ってるかな」
「ええと、外ツ国の習慣かな?」
「元々はね。そこから日本で発展した、口付けの場所の意味だよ」
 じっと、手を握ったまま長義が福島を見ている。
「てのひらはね、懇願。療養から戻ったらまた会って欲しい」
「は、」
 すぱーんっ!と頭を叩かれたのは長義だ。叩いたのは南泉である。
「猫殺しくん遅いよ」
「ふんっ。福島さん、用意は終わったか、にゃ」
「え、あ、うん?」
「負荷かかってんにゃあ。少し昼寝でもしろ、にゃ」
「そうする、よ?」
「あそこの馬鹿は回収する、にゃ」
「え、うん?」
 そうして南泉は長義を引きずって廊下を進む。
「助かったよ」
「うわ、素直」
「ストッパーに呼んでおいて良かった」
「本当ににゃ。あのまま負荷かけたら福島さんが疲労困憊になる、にゃ」
「それは困るからね」
 ままならないなと長義は苦笑した。

- ナノ -