髭切+獅子王/希望
※これは二次創作です。


「初めまして、俺の名は、」
 掻き抱くこころは、いつだってこいねがっていたものだ。

・・・

「獅子兄さん」
「俺は髭切の兄さんじゃない! 獅子王だ!」
 がうがうと反発する獅子王に、そうだっけと髭切はとぼけてしまう。
 この本丸の髭切は少しばかりのバグを抱えていた。それは、取得時の隊長だった獅子王への妙な執着である。審神者は、何となくそんな噂はあるけれど、で終わった。要するに、刀剣男士同士のいざこざはまず自分たちで話し合って落とし所をつけよとのことである。面倒なだけだな、とは、近侍を長く務める獅子王の直感による指摘だった。

「獅子兄さん、お菓子もらったよ」
「あ、きんつば。じゃなくて、俺は獅子王だ!」
「近侍部屋にひとり?」
「三日月と大包平なら厨にいるんじゃないか?」
「包平くんは手伝いかな。三日月さんは?」
「見学だな。この本丸の三日月は料理に向かない」
「ふうん」
 髭切がよいしょと近侍部屋に入る。獅子王はいつも通りにちゃぶ台を出す。おお、と髭切は笑った。
「獅子兄さんは律儀だね」
「癖だって。大包平と三日月もこうやって出迎えてるんだぜ」
「そうなんだ。僕への特別はある?」
「特にない」
「つめたいなあ」
「刀なんだから冷たいだろうな」
 ふふと髭切は笑う。獅子王の皮肉もとぼけも効かない。髭切は兄が欲しいのだろうとは思う。兄という生き物は、年上の兄姉に憧れるものらしいから。獅子王は兄弟というものが遥か遠くのものなので、そんなことは知らないが。
「獅子兄さん、見て」
「何だよ」
「外、花吹雪だよ」
「春の景趣だからな」
「花見の宴はいつだっけ?」
「次の休日の昼間な」
「獅子兄さんは何か出し物でもするの?」
「いや、会計係の博多たちと経費の締めをするぐらいだな」
 その他は特に何もしないと言うと、髭切が嬉しそうにした。そのうつくしいかんばせで、獅子王を眺める。
「じゃあ、僕と一緒に飲もうよ」
「やだ」
「包平くんと三日月のところに行くの?」
「いや、あいつらも付き合いがあるだろ」
「なら、僕と一緒でもいいよね」
「よくないって。嫌な予感しかしないし」
「ふうん」
 予感か、と髭切は少し目を逸らす。獅子王はさらさらと確認する書類を仕分けていく。
 ねえ、と髭切は言った。
「僕は獅子兄さんと一緒がいいな」
「そもそも、膝丸はどうしたんだよ」
「包平くんたちと一緒だって」
「弟太刀会か!」
「そうそれ」
 仲良しだよねえと髭切は笑う。獅子王は、あそこも揃うと真面目すぎて平和なんだよなあと呆れ顔だ。弟太刀会は大包平と膝丸とソハヤがよく居る。八丁や燭台切や福島も顔を出すことがあるらしい。基準はあまりにも緩い。
「あ、獅子兄さんは兄太刀会に行く?」
「行かない。俺に兄弟はいない」
「どうして? 獅子兄さんもいいのに」
「やだ」
「つれないなあ」
「つられてたまるか」
 とんとんと書類の束を整える。すぐに電子化もできるが、本丸が陰陽寮と電子科の知の集合である以上、あまり電子化をすると妙な回路に引っかかる可能性があるとか、ないとか。バグなどが起きたら始末書ものである。リスクとリターンで電子化する書類を選んでいるつもりだ。
「獅子兄さん、あのね」
「なんだよ」
「そんなに嫌がるのに、僕を無闇に嫌わないよね」
 優しいね。そう言われて、獅子王は当然だろと言った。
「俺はじっちゃんの誉だし、主の近侍だからな」
 そう、と髭切は目を細めて寂しそうにしていたのだった。

- ナノ -