燭あず/傷を抱えて気がついた/『同じだけの傷を抱えて愛してね』の続き/燭台切視点/頑張る伊達組と友情出演長船派


 惹かれたのは、その笑顔。思い知ったのは、君が少しだって僕を想っていなかったこと。

 小豆長光が顕現した。その報せを鍛刀に立ち会っていた小竜が教えてくれた。厨当番だから後で会うと言ったのに、早く会っておいでと歌仙に背中を押されて、僕は小豆が居るという広間に案内してもらった。会ってみたいと思っていたけれど、顕現してすぐ多くの刀に会うのは少し疲れてしまわないだろうか。不安と期待でないまぜになった心を抱えて、僕はその刀と会った。
 謙信を中心とした短刀に囲まれていた彼が、顔を上げる。ああ、この子は小豆長光だ。すぐに分かった。
「わたしは小豆長光。きみは?」
「僕は燭台切光忠。同じ長船派の刀さ。よろしくね」
 よろしくと小豆は微笑んだ。

 小豆は僕と同じ厨当番になった。お菓子を作りたいという彼に調理の基礎を教えると、あっという間に上達した。燭台切は教えるのが上手いと、小豆は言った。
 それから、何度も当番で調理場に立った。当番でない日も、暇があれば厨にいた。厨は戦場だが、時間に追われていなければどうということはない。厨当番の刀達の溜まり場だった。
 だから、小豆も慣れて気を抜くようになっていたのだろう。ぽろりと、言ったのだ。
「おとうさまとよんでもいいかい?」
 控えめな声、空色の目に気恥ずかしさと期待を乗せて、そう言った。僕は反射的に、構わないよと告げた。するとお父様いつもありがとうと返してきた。その時の笑顔といったらない。照れた様子で頬を僅かに染めて、口元は嬉しそうに緩んでいて、目はとろりと溶けそうだった。
(愛しいな)
 目の前の刀が愛しいと思って、同時に彼は僕を父と呼ぶのだと突きつけられた。そう、一人の男だとは、見ていないと。
(苦しい)
 心臓を一突きされたような痛みを伴うこれが、僕の初恋だった。


 それから随分と経った。僕の初恋は随分と拗れてしまって、小豆が何思ったのか僕を好いてくれるようになっても、素直に受け入れようとは思わなかった。
 出来得るならば、僕と同じだけの傷を負った上で愛してほしい。彼がつけた傷を抱えて愛する僕の、意地のようなものだった。


 夏の日。小豆が出て行って、鶴丸もまた出て行った厨で、野菜を洗い終えた僕は息を吐く。夕飯はどうしようか。夏野菜のカレーはどうだろうか。きっと誰もが喜ぶだろう。
(小豆くんは、喜ぶかな)
 今日は殊更傷つけたようだから、もしかしたら喜んでくれないかもしれないと思った。

 夏野菜のカレーは皆に好評だった。小豆は皆と夕餉を食べてくれた。あつきこれおいしいなと謙信が言うと、そうだなと微笑んでいた。その笑みに、まだ足りないのかなと脳裏によぎって、そうではないと思い留まる。やりすぎると想いを絶ってしまうと鶴丸が言っていたことは的を射ていると思ったからだ。
 その間、太鼓鐘がじいと僕を見上げていたので、僕はどうしたんだいと声をかけた。太鼓鐘は何でもないぜと笑っていた。責められていると、気がついた。

 夜。後は寝るだけという時間に、僕は風呂から帰っていた。風呂の時間が遅くなってしまったのは、酒を飲むという刀の為に少しだけ酒の肴を作ったからだ。片付けは自分たちで行うようにと言ったので、僕はもう眠るだけである。
 歩いていると、小豆の部屋に明かりが灯っていることに気がついた。小豆は大般若と同室で、その大般若は遠征中の筈だ。ならば一人でまだ起きているのだろうか。気になりながら部屋の前を通ると、閉められた障子の向こうから聞き慣れた声がした。
「眠れるのか」
 大倶利伽羅の静かな声に思わず足を止める。彼はなぜこんな時間に小豆の部屋にいるのか。大倶利伽羅は太鼓鐘と同室ではなかったのか。ぐるぐると考えていると、小さな声がした。
「ねむるさ。わたしが、どうしようもないだけだからね」
 囁きのような声に、大倶利伽羅は食いつく。
「何でアンタが泣くんだ」
 ああ、彼は泣いたのか。僕の為に、泣いたのか。そう気がついた僕は笑みを浮かべていた。嬉しいとすら思った。だけど。
「わたしが、わるいこだから。そう、だからはやく、やめないと」
 やめる?
「じゃまなおもいだから、わすれないと」
 忘れる?
 サアと血の気が引く。障子の向こうで、それならと大倶利伽羅が言った。
「協力する」
 協力とは、誰が、何を、どうやって?
 目の前が真っ赤になった。

 がたりと障子を開くと、布団から上半身だけ起き上げて目を見開く小豆と、小豆の隣に座り、遅れて振り返る大倶利伽羅がいた。冷めた目がいつになく僕を責めていたけれど、僕は冷静になれずに小豆に詰め寄る。
「何してるんだい?」
「燭台切、その、どうしてここに」
「アンタには関係ないだろう」
「加羅ちゃんは黙っててね」
「大倶利伽羅はわたしとはなしていただけだ。そんないいかたはよくない」
「話していただけなんだね?」
 確認するように言うと、大倶利伽羅が口を開く。
「アンタは部屋に戻れ。俺は話すことがある」
「わたしならだいじょうぶだから、大倶利伽羅も燭台切もへやにもどるといい」
「大丈夫ではないだろう」
「加羅ちゃんは小豆くんの何を知ってるの?」
「燭台切っ!」
 小豆が僕を見る。空色の目は電球の光を浴びていた。あの時のとろりとした目より、傷付いて光が乱反射して、薄っぺらい色をしていた。その色が、僕を見ていた。
(いやだ)
 嫌だ、その目はやめてくれ。だってその目は、僕を家族の愛でも見てくれないその目は、あまりにも酷い。非道い。
「キミは僕を傷つけてばかりだ」
「っそんなことは!」
「非道いのはキミだ」
 そう言った瞬間、小豆の目がぐしゃりと潰れたような気がした。

「光坊は子供だな」
 静まり返った部屋に、声がした。僕の後ろ、廊下から鶴丸の声がする。
「いつの間にそこまで拗れたんだ」
 拗れてなんかない。だって非道いことをされたんだ。僕は、ただ、同じ思いをしてほしくて。
「"恋は盲目"を悪い意味で捉えてどうする」
 そんなことはしてない。恋は、恋だ。僕の初恋だ。
「それは押し付けているだけだろう」
 違う、そんなことは。
「腹を割って話し合えと言ってるんだ」
 そんなことできないのに。
「小豆が他の刀を愛しても、他の刀に愛されても、今の光坊にとやかく言う権利はないぜ?」
 鶴丸が大倶利伽羅を連れて部屋を出て行った。

 俯いている小豆を眺めながら、僕はどうしてこうなったのかと、それは僕が傷つけたからだと、自問自答を繰り返す。
 気がつくと膝をつき、声をかけていた。
「ねえ、小豆くん」
「なんだい、燭台切」
 そういえば、いつからか小豆は僕をお父様と呼ばなくなったと気がついた。
「僕はね、小豆くんが好きなんだ」
 気持ちが離れた彼に、僕は縋るように言った。本当は寝間着の彼に触れたかった。触れて、布を掴んで、手繰り寄せて、それから。
「大好きだよ」
 本当の本当に、大好きだよ。虚ろな目をする小豆に、僕は続ける。
「好きだけじゃない。愛してる」
「あい?」
 そうだよと、僕は言う。心が痛くて、痺れたみたいだった。
「何を言ってるんだって話だよね。散々傷つけて、今更だ」
「燭台切のせいじゃない」
「いや、僕のせいだよ」
 僕は頭を振る。
「勝手に愛して、勝手に傷ついて、愛を振りかざしてきみを傷つけた」
「かってになんて、そんなの、わたしのことだ。だから、そんなことをいわないでくれ」
 いつの間にか虚ろな目に涙を浮かべて、小豆は僕に手を伸ばしていた。その手を掴み、指を絡め、握る。
 泣きそうな彼の手を引き寄せる。彼の体が傾いた。
「愛してる。僕と、付き合ってください」
 小豆の目が見開かれる。くしゃりと、涙が零れた。
「ほんとうに?」
「本当に」
 傷つけてごめん。これからは、傷つけたりしないから。そう伝えるために、小豆を優しく抱き寄せる。男性の体を模した刀剣男士の体は、決してやわじゃないのに、壊れそうだと思った。
「愛してる」
 どうか応えて欲しいと願っていると、小豆はもぞりと身動ぎをしてから僕の肩に顔を埋めた。
「わたしも、すきだ」
 小さな声に、僕は心がとくりと音を立てた気がした。痺れていた心臓が、動いた。
「本当に?」
「ほんとうだ」
 嘘じゃないと、小豆は不器用に僕の背中へ腕を回した。控えめに、力を込めてくれた。
「すき。ずっと、すきなんだ」
「うん」
「あいしてるかはわからないけれど、こいしてるってずっとおもってたから」
 わたしとつきあってください。と言うから、僕は笑った。心に沁みるような、暖かな感情が湧いていた。
「ふふ、僕が頼んでいるんだよ」
「そうだったね」
「これからよろしく」
 ぽんぽんと背中を撫でると、小豆はほっと体から力を抜いてくれたのだった。


 次の日。大般若が遠征から帰ってきた。すると、父さんさあと、笑われた。
「部屋を変えるか?」
「まだ早いよ」
「そうかい? でもまあ、父さんも小豆も苦しそうだったから、上手いこといって良かったな」
 鶴丸達に感謝しないとなあと、大般若は笑った。すると広間から、おやつだよと皆に声をかける、小豆の声がしたのだった。

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