実福/花のある街/無自覚両片思い


 本がある。福島はふっと意識を上げた。
「なんだこれ」
 本である。分厚い洋書のそれを開くと、花の絵があった。どうやら画集らしい。花のある外ツ国の風景だ。福島はぺらぺらと捲っていく。これはこれで面白いものだ。フラワーアレンジメントの参考になるかもしれないと、福島はじいと目に焼き付けた。
「福島、薬草茶はいるかな?」
「うん。よろしく」
「任せて」
 そこまで会話して、はっと顔を上げた。実休か内番着で部屋にいた。
「その本、福島が好きそうだから譲ってもらったんだ」
「誰に?」
「審神者だよ」
「ふうん」
 福島はこの本を大切にしなければと決めた。実休が譲り受けたのなら、実休の本である。ちょっと嫉妬しかけたが、相手は本である。物語のカタチである本の浪漫に勝てるものはない。
「安心して、僕が好きなのは福島だから」
「何も言ってないでしょうが」
「分かるよ」
 だって福島のことだもの。そう笑う実休に、福島は敵わないなあと息を吐いた。
 薬草茶も福島が好きな分量だった。華やかな香りが好きだが、いつ実休に言ったか分からない。ただ、彼の出すものなら安心して飲めた。
「福島は分かりやすいよ」
「はじめて言われたのだけれど」
「今はちょっと嬉しそう」
「うう、そういうところ、ずるい」
「お兄ちゃんだもんねえ」
「お兄ちゃんしたいよ」
 はあと息を吐くと、幸せが逃げちゃうよと実休は笑う。
「無理してお兄ちゃんにならなくてもいいんだよ」
「そうだけど、」
「大丈夫だよ、僕の弟」
「はあい、きゅうにい」
 そう言うと、実休はなかなかいいねとやっぱり笑っていた。

「実休のお兄ちゃん力に勝てない」
「勝とうと思ってたのか?」
「号ちゃん助けて」
「無理だろ」
 光忠は何かにつけて甘えたほうがいいぞ。そう言う日本号に、そうかなあと福島は息を吐く。
「何かと無理しがちだろ、甘えられるやつに甘えとけ」
「そう言われても、やっぱり、その、」
「格好良く?」
「うん……お兄ちゃんになりたいんだもん」
「無理だな」
「そんなあ!」
 少なくとも、と日本号は言った。
「実休があれじゃあ無理だ」
「どういうこと?」
 兄とは、どこまでも兄という生き物だ、と。

 福島が部屋に戻ると、実休が遊びに来ていた。例の洋書を開き、熱心に見ている。庭に活かすのだろうか。ふっと顔が上がった。
「おかえり、福島」
 勝手に上がらせてもらってるよ。そう言われて、実休ならいいよと福島は言った。
「なあ、その本は、」
「福島にあげるね」
「え?」
 すきでしょう。そう微笑まれて、福島はそうだけどと戸惑った。
「でも、いいの?」
「いいよ。福島が大切にしてほしいんだ」
「そう言われても」
「ならね、福島。この本を見るたびに、僕を思い出して?」
 それで、おあいこにしてあげる。そんな言葉に、分からないよと福島は返事をした。実休は分からなくてもいいよと言う。分かりたかった。
「なあ、実休は、俺のこと弟だと思ってるのかい」
 ぱちんと瞬き。ふむと実休は言った。
「弟、だよ」
「そうだよな」
「でも同じくらい愛してる」
「は、」
「僕は福島を愛してるから、その心に少しだけ残りたいの」
 心って脳の記録なんでしょう。そんな言葉に福島は頬を染めて、知らないよと顔を背けたのだった。

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