実福/だいすき


 そのひとたちは鋭く。
 飛ぶ、矢。避けて、跳ねる泥を浴びる。
 大丈夫、まだ戦える。
 走れ。走れ、走れ!
「実休っ!」
「あ、」
 目の前、短刀が。
 高い金属音。花の香りがする。錯覚だ。
「あんまり飛び出さないで!」
 そうだろうと福島が笑う。隊長の平野の声がする。
「撤退!」
 ああ、帰らなきゃ。

 怪我なんてするもんじゃないぜ。薬研が言う。福島が、じいと手元を見て、折を見ては手伝いをしている。花を操る手が、消毒液や包帯を持つ。そのことに、落ち込んだ。

 薬研が薬部屋に戻ると、福島が口を開く。
「そんなに血が騒いだんだな」
「血?」
「俺たちのこの肉の器には血がある。それ構成するための、細胞たちがいる。なあ、実休」
 お前の血は何を求めた?

 実休の次の戦は来週まで延期となった。代わりに宗三が出るらしい。
 福島が花の手入れをするのについて回る。花に触れている時の彼は、言葉数が少ない。実休はじっと、彼の指先を見ていた。
 花を労るように、感謝を告げるように、愛おしむように。それがひどく、羨ましかった。
 その手は、実休が触れるものなのに。
「実休?」
「なあに?」
「いや、何でもないけどさ」
 そんなに見てて楽しいのか?
 楽しくは、ない。

 夜。福島の部屋を訪ねる。どうしたのと迎え入れた彼に、何と言えばいいのか分からない。ただ、会いたかった。
 触れたかった。
 この血潮が、求めるものは、何なのか、伝えたかった。
「たぶん、僕は戦場でこそ、正しくあれる。そういう個体なんだと思う」
「そう」
「でも、ね、福島はね、花の香りがするんだ」
「は?」
 僕はね。
「福島が花を触るからじゃないよ。そういうほんとうの匂いじゃなくて、それこそ僕に、血が騒いだの、なんて聞いただろう? そういうこと。感覚の話」
「はあ」
 福島は不思議そうだ。手袋を着た手をするりと撫でる。
「今も、匂いがする。花の、豊かな匂い。みずみずしい、朝露を抱いてる」
「そんな匂いが、俺からするのかい?」
「うん。いい匂いだよ」
 僕は、ね。
「僕は好きだな」
「は、」
「ねえ、福島も好きになってくれる?」
「なに言って、」
 戸惑う福島の手を持ち上げて、指先に口付けをする。そのまま滑るように、手袋に包まれていない腕に唇を押し当てた。
「ひ、あ、」
「ね、すきだよ」
 だいすき。
 そう笑えば、福島は顔を真っ赤にして、震えた。
「ああもう、実休って、さあ、何なんだよ」
「だめ?」
「駄目なんて言えないでしょうが……」
「じゃあ受け入れてね」
「そうとはならない!」
「うーん、じゃあ明日から口説くね」
「くどっ?!」
「おやすみ、福島」
「え、あ、おやすみ……」
 そうして福島の部屋を出て、自室に戻る。
 彼に触れた唇を指でなぞると、福島から漂うような花の匂いが残っている気がした。
「うん、悪くないね」
 やっぱり、好き、は合ってる。実休はそう信じて、布団に潜り込んだのだった。

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