燭→←あず/同じだけの傷を抱えて愛してね/片思いの小豆とずるい燭台切の話/伊達組が頑張ってます


 じわりと暑い夏の日。私は一振りで厨に立っていた。この本丸の厨は初期に顕現した歌仙が仕切っている。足りない手は厨仕事に興味のある刀が当番でまかなうことになっていて、私は顕現して早々の聞き取りと一通りの研修を経て、厨当番の一振りになった。
 今日は何を作ろうかと思いつつも、同派のあの刀は何なら喜んでくれるだろうかと考えてしまう。あの刀とは、燭台切光忠、お父様とも呼べる刀のことだ。
 彼は今、畑に夕餉の食材を収穫しに行っている。おやつを作るなら今のうちだ。

 結局、白玉粉を使った団子を作ることにした。種類は餡子、たれ、きな粉でどうだろうか。何の変哲も無いおやつばかりだが、もし燭台切が口に入れたら喜んでくれるように細心の注意を払って作ろう。作ったことのあるものばかりだから、きっと美味しいものを作れるはずだ。
 不安になる心を押さえつけて、手早く計量をし、調理を進める。
 てきぱきと作っていると、お手伝いしますと五虎退が来てくれたので団子を茹でてもらった。串に刺して、種類に合わせて処理していく。

 出来上がった団子を子供達に配る。大人はその後だ。お八つ時に本丸の屋敷に戻ってきた刀達へ手渡していると、ひょいと太鼓鐘が二本目の団子を手にした。ひとりひとつだよと言えば、これはみっちゃんの分だと言われてしまった。
「みっちゃんにやるんだろ?」
 このままだと無くなっちまうと笑った太鼓鐘に、そうかもしれないねと苦笑した。不安はバレしまっているらしい。私が燭台切をどう思っているかは気がついていないだろうが、同派の仲の良い刀だとは認識されているのだろう。胸がつきんと痛むのを隠して笑ったら、太鼓鐘は一瞬だけ、蜂蜜色の目を細めた。どうかしたのだろうか。

 それからしばらく広間にいたが、おやつを配り終えたので厨へと戻った。結局、燭台切は顔を出さなかった。歌仙が当番の為に水出しのお茶を用意してくれているので、冷蔵庫から取り出して湯呑みに注いだ。鮮やかな色をした冷茶を飲むと、じわりと心が濡れるようだった。
 燭台切がおやつを食べてくれるかはいつも直前まで分からない。出陣や遠征に出ていれば食べれないと分かるが、本丸にいる時におやつを食べに来てくれるかは五分五分だった。否、可能性は五分もないのではないだろうか。彼には彼でやりたいことがあって、古参故なのか審神者にも他の刀にも頼りにされていて、忙しそうだ。それに、おやつを必ず食べるなんて約束もしていない。
 太鼓鐘の提案で残った団子はみたらし団子だった。これがあずきを使った餡だったらと少し考て、頭を振る。それこそ、食べてもらえなくて傷が大きくなるばかりだ。

 可哀想な団子を食べてしまおう。そう思って手を伸ばすと、あれと声がした。思わず動きを止める。恐る恐る振り返れば、籠を持って入り口に立つ燭台切がいた。
「小豆くん、居たんだね」
 今日はお団子だったんだと燭台切は笑う。籠を持って厨に入って、その籠の中の野菜を洗い始めた。私は震える手を抑えて、どうしようかと考える。この団子を食べてほしいと言えばいいのだろうか、でも、そんな事を言ったら気持ちが伝わってしまうのではないだろうか。そう、私はこの恋情が伝わってしまうことを、避けていた。
 だって燭台切はお父様だ。同派の家族だ。伝えたところで困らせてしまうだけだろう。優しい刀だから、断る時だってきっと優しい。言葉を選んで、否定してくれるのだろう。
 この恋情を自覚して以来、一度だって彼が気持ちを受け止めてくれるとは思えなかった。
「その団子、上手に出来てるみたいだね」
 貞ちゃんが喜んでたよと、彼は野菜を洗う手を止めずに言う。流れる水の音が頭に響いた。
 もしかして、食べてくれるのだろうか。僅かな期待に顔を上げた。だけれど。
「だから、謙信くんにあげてきたらどうだい? 内緒だよって。きっと喜ぶよ」
 そうだろうと振り返った燭台切は悪戯っ子のように笑っていて、私は震える手で団子の乗った皿を持った。
「それはいいかんがえだね、謙信のところにいってくるよ」
 背を向けて、小走りになって、私は逃げ出した。

 しばらく走って、厨から充分に離れると、立ち止まった。持っていた皿の上の団子を見る。じわりと視界が歪み、ぽとりと涙が零れた。
「……おい」
 こんな廊下の隅でどうしたと、大倶利伽羅が声をかけてくれた。何でもないよと言えば、彼は長い長いため息を吐いてから、その団子はどうすると聞いた。だから、私は答える。
「わたしが、たべるよ」
 恋情も何もかも、飲み込む為に。
 大倶利伽羅は何も言わずにその場から立ち去った。

………

 小豆が出て行った厨に、ようと鶴丸が現れる。鶴さんじゃないかと言いながら、燭台切は野菜を洗う。食材の肌に泥ひとつ無いように、彼は丁寧に野菜を洗った。
「あんまりにも非道いとは思わないか?」
「何のことかな?」
「シラを切るんだな。まあ、光坊がそうしたいなら止めないが」
 あんまり応えてやらないと、あれは想いを絶ってしまうぜ。そんな言葉をついでとばかりに告げた鶴丸に、燭台切は例えばだけどねと口を開いた。視線は手元を向いている。
「例えば、何も苦労せずに手に入れた茶碗より、悩み抜いて手に入れた茶碗の方が、より大切にすると思わないかい?」
 柔らかいのに淡々とした言葉の羅列に、鶴丸はそれはどうだろうなと、彼の背中に投げかけた。
「それこそ、君はどうなんだ?」
 どちらの茶碗が大切なのか、と。その言葉に燭台切の手が止まる。顔を上げ、片足を下げて、振り返り、笑う。
「勿論、そのつもりだよ」
 ざあと、水の音が響いた。

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