燭→あず/無自覚な子


 その日、小豆は歌仙と新しい菓子の試作をしていた。作るものは違うが一部の材料が共通していたことと、厨はひとつしかないので共同で使うべきだという発想から、二振りは同じ時間に同じ厨で黙々と作業を進めていた。歌仙が作るのは練り切りの新作らしく、新しい技巧に挑戦するようだ。一方の小豆はフルーツを使ったシャーベットに挑戦していた。そのフルーツが歌仙と小豆で同じ葡萄だったのだ。
 二振りが四苦八苦していると、進歩はどうだいと一振りが厨に現れた。小豆も歌仙も顔を上げ、嗚呼と笑う。
「燭台切か。僕の方はまだうまくいかないよ。小豆の方はどうだい?」
「わたしはいろがうまくでてないな」
「そっか。僕にはどちらも綺麗に出来てるように見えるけど、菓子作りには詳しくないからなあ……お茶を淹れて、皆で食べてみようか」
 歌仙はそろそろ疲れたからねと息を吐き、小豆もシャーベットを練る手を止めた。

 二振りが片付けをしている間に燭台切が茶を淹れ、たまたま広間に居合わせた刀達にお茶と試作の菓子を振舞って感想を聞く。どちらの菓子も概ね好評で、強いて言うならという改善点が出る程度だった。
「小豆、これ美味いぜ!」
「ありがとう、太鼓鐘」
「謙信も食べたいだろうなあ。出陣中だから、残しておこうぜ!」
「すまない、ためしにつくっただけだから、もうないんだ」
「うーん、そっかー」
 じゃあしょうがないかと太鼓鐘はシャーベットを食べた。鶴丸は、相変わらず太鼓鐘は謙信と仲が良いなと微笑ましそうにしている。大倶利伽羅は素知らぬ顔で茶を飲んでいた。菓子は食べ切ったらしい。
「小豆君」
「燭台切、どうしたんだい?」
 振り返った小豆に、燭台切は緑茶を差し出しながら、少し休むといいよと笑った。そういえばずっと感想を聞いて回っていたと小豆は気がついて、燭台切の手を煩わせたことに申し訳なくなる。だから素直に茶を受け取って伊達の刀達が並ぶ縁側に座ったのだった。

 小竜は謙信と同じ部隊で出陣。大般若は遠征。練度が上限だという燭台切は留守番で、小豆は疲労回復の為の休暇だった。伊達の刀に関しては、鶴丸が留守番、大倶利伽羅が休暇、太鼓鐘が夜戦に出陣予定だ。
 さてこの本丸は伊達の刀と長船の仲が良い。元々燭台切が伊達の繋がりを持っていたからだが、いざ人の身と心を持って会話してみると、気の合う刀が多かったのだ。謙信と太鼓鐘は同じ短刀として、大般若と鶴丸は酒飲み仲間として、小竜と大倶利伽羅も気の合う友人関係だ。その中で燭台切と小豆は調理に感心がある者同士として、会話が弾んだ。
 小豆がそんな回想をしながら暖かな春の陽気の中で船を漕いでいると、そっと肩に何かが乗せられる。乗せられたのではなく薄手の毛布を掛けてもらったのだと気がつくと、行動した本人らしき燭台切が、風邪をひくよと笑っていた。太鼓鐘が下からひょいと小豆を見上げ、こりゃ疲労困憊だと苦笑した。
「小豆は部屋で休んだ方がいいって。みっちゃん頼んだ!」
「任せて。さあ、行こうか」
「え、えっ?」
 燭台切に導かれるままに立ち上がり、毛布がぱさりと落ちる。その布は太鼓鐘が回収し、大倶利伽羅と鶴丸がよく休めよと小豆に向けて手をひらひら振ったので、小豆はどうしようもなくなって唯々燭台切の後を歩いた。

 とある部屋の前、着いたよと言われて小豆は瞬きをする。ここは自分の部屋ではない。名札を見れば燭台切の名前があった。確か、厨をよく任されていることから、早朝も深夜も気兼ねなく寝起きできるように彼は一人部屋だった。小豆は同じ長光の兄弟である大般若と同室なので、一人部屋には慣れない。入らないのかいと不思議そうな燭台切に、小豆は慌てて部屋に入った。
 ここはどうやら元々は二人部屋用らしい。一人で使うには広い部屋に、燭台切は布団を敷き始めた。
「燭台切、そこまでしてもらわなくてもだいじょうぶだ」
「そうかい? 布団で寝た方が休めると思うけど……」
「それにわたしはじぶんのへやでねるから」
「大般若君が遠征から帰ってくるとどうしてもドタバタするし、君は世話を焼きたがると思ったんだけどな」
「うっ」
 確かに、帰還した大般若の世話をする未来は見える。どちらが兄で弟かというわけではないが、兄弟のよしみとそもそもの小豆の性格から、表立ってはいないものの常日頃大般若に甘い自覚はあったのだ。
「ほら、寝転がって」
「うう……すまない」
「大丈夫だよ」
 そっと小豆が布団に入ると、燭台切は良い子だねと小豆の頭を撫でる。その優しい手に小豆は気恥ずかしくなって掛け布団を口元まで寄せた。ふわり、心地よい匂いがして小豆は瞬きをする。この匂いに覚えはないのに、どうにも落ち着いた。
「小豆君、おやすみ」
 とろりと目を閉じたところで目元を覆われ、ぱさりと顔に髪が触れた。何だろう。肌から髪が離れ、目から覆いが外れたところで目を開くと、金色の目を細めて楽しそうにする燭台切がいた。
「ゆっくりおやすみ」
「……おやすみなさい」
 そうしてそのまま目を閉じて疲れからくる睡魔に身を任せると、小豆はあっという間に眠ってしまったのだった。

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