こりゅ蜂/かわいいこいびとへ
Twitterアンケートより


 炎と水と玉鋼でつくられた。

 幼い頃の夢を見ていた。まだ刀剣として銘もなかった頃。カンカンと打ち付ける音と、刀工の真摯な目と、その情熱を、蜂須賀は夢のように見ていた。人間は、産まれる前の記憶を持たないという。蜂須賀がこの記憶を持つのは、きっと奇跡で幸福なのだろう。人にとっては、だが。
「あれ、蜂須賀くん?」
 万屋街の喫茶店で珈琲を飲んでいると、ガラス越しに小竜が話しかけてくる。そのまま入店し、店番をしているタヌキとキツネにメロンソーダを頼んでいた。
「まさかこの広い万屋街で同本丸の刀と会うとは思わなかったや」
 それは珈琲だね。小竜が不思議そうに見ている。ふふと、蜂須賀は笑った。
「俺たちの本丸では、審神者が珈琲嫌いだから飲めないだろう? 飲みたくなると、ここに来るのさ」
「なるほど。というか、蜂須賀くんは珈琲飲めるんだ……俺は、審神者に似たみたいで飲めないんだよね」
「まあ、個体差はあるよね。俺も昔は飲めなかったよ。でも、ここの珈琲は酸味が少なくて飲みやすいって聞いてね、飲んでみたら美味しかったんだ」
「ふうん。誰に聞いたの?」
「大典太さんだよ」
「大典太さん?!」
「彼の教育係をしたんだ。知らなかったかな」
「全然知らなかった……」
 寡黙だけどいい刀だよ。蜂須賀の言葉に、小竜はそうなのかあと不貞腐れていた。そこへ、タヌキがメロンソーダを運んでくる。アイスクリームと生クリームがおまけされていた。おそらく、会話を聞いていたゆえのオマケだろう。キツネとタヌキが哀れそうに小竜を見上げていた。小竜はありがとうと彼らに言っていた。素直な刀である。
「小竜くんはどうしてここに?」
「隣の万年筆屋に荷物を受け取りに来たんだ。審神者の万年筆くん」
「ああ、彼か。励起してはどうかと政府から何度も打診されてるね」
「曽祖父から脈々と受け継いできたって言ってたから、年数も物語も、魂を持つには完璧だよね」
「審神者としては幼い頃から何もかも知られてる相手となると、気恥ずかしいのかな」
「かもね。俺たちとしては審神者の物としては大先輩だから、きちんと挨拶したいんだけど」
「分かるよ」
 だよね。小竜は嬉しそうに笑う。
「ねえ、このあとすぐ帰るけど、一緒に帰ろうよ」
「構わないよ。逢引かな?」
「そ、そうだよ」
「ふふ。先輩に挨拶も兼ねようか」
「そうしよう」
 炎と水と玉鋼からできている。この肉体は、血が通っている。柔らかくて、愛おしい。励起したときの、喜びを、この記憶ははっしと覚えている。
「そうだ、小竜くん」
 あなたは、何を覚えているのだろう。

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