こりゅ蜂/真作/大包平と浦島も喋ります。
※作中の全ての知識には諸説あります。


 彼が立つ世界は数多もの欠片で出来ている。
「真作ってそういうこと」
 浦島が微笑む。小竜は笑みで返す。
「だとしても、俺は」
 煌めきが世界を支配する。

 存在が証明されていること。大事にされること。大包平が息を吐いた。
「俺の場合は油漬けだった。それが幸いしたな。研がれることが少なかった」
 その代わり、城の奥の奥に眠っていたが。そんなジョークに蜂須賀は笑みを返す。
「確かに、現代に残すならば、研ぎは少なければならないね」
「現代においてお前はもう、限界だ」
「そうかもしれない。だけれど、希望はあるよ」
「電子の世界に記録され、実物を見なくとも良くなれば、ずっと保管庫の中にいられるかもしれない」
「展示されることもなく、ね」
「そうだ」
 蜂須賀はそんな大包平に、憂いを見る。見られなかった日々の鬱屈を、大包平は知っている。たった一つの家族を愛し続けた日々の喜びを、知っている。蜂須賀とて、覚えのないのことではない。
 でも、蜂須賀にはその身に必ずある使命も知っている。
「俺は真作なんだ」
 蜂須賀虎徹。その、真作。いくら研がれ、その身が削れようとも、真作の証明としての役割りを、他に譲れない。譲ることが出来ない。
「難儀だな」
 唯一無二。完全であり、無比のかたな。それを前に、蜂須賀は気後れしない。何故なら、己も同じだと、思えるから。
「もう少し語ってもいいんだぞ」
 俺には物語がないから。それすらも、健全の印だった。

 まだまだだね。浦島が笑う。海だ。
「蜂須賀兄ちゃんじゃなくてよかったの?」
「たまにはキミと話したくてね」
 ふうん。浦島は海に足を浸している。
「兄ちゃんと"うみ"を見たよ」
「へえ」
「兄ちゃんは優しいんだ! 一緒に見てくれた。任務を終えてから、だけど」
「真面目だねえ」
「うん、とても」
 浦島は、ぱしゃんと波と足をぶつける。水飛沫が舞う。
「刀って何のためだろうね」
 俺には分かんないや。浦島は亀吉を肩に乗せている。
「俺の身には願いがあるよ」
 浦島と。虎徹と。その身に刻まれた願い。
「小竜さんとおんなじ、かな?」
 澄みきった海のような目だ。小竜は息を吐いた。
「俺とキミは違うよ」
 ばちん。浦島は瞬きをした。そして、ころころと笑う。
「あはっ! そうだね!」
 全然違う。同じ刀など、ひとつもない。それぞれが炎と水と玉鋼で作られた。それぞれに、別個の持ち主がいた。同じ刀工だとしても、同じものはない。それこそが、刀が芸術品にもなれた意味だ。
「ねえ、小竜さん」
 どうか、蜂須賀兄ちゃんをお願いね。浦島の優しい目に、小竜は任せてよと笑みを浮かべた。

 天気予報では今夜は熱帯夜だと言っている。冷房を使う部屋は快適だが、刀たちは外に出ていた。今日は夏至であり、大切な種々の儀式と、宴が予定されている。熱中症などになったら元も子もない。それは審神者の熱弁により、刀たちに周知された。一つ、なるべく日陰にいること。一つ、帽子や日傘の着用。一つ、水分とミネラルの補給。その他諸々の注意事項を叩き込んで、夏至の儀式を行っていく。先導するのは石切丸と太郎太刀と次郎太刀だ。三部隊に分かれて、三馬力で同時進行で進めていく。様々な神と関わりがあるため、儀式は膨大だ。愛染や山伏や数珠丸などは、個刃でやるべきことがあるため、また別部隊として動いていた。
 そうして忙しい本丸でも、生活のための内番は止められない。遠征や出陣のノルマの軽減申請は行っている。長義がもぎ取った申請書に、審神者が咽び泣いた。ついでに長谷部と博多も泣いた。こんな日に遠征や出陣があっては何も進まない。
 人の子が必要な場合があるので、審神者は各部隊を走り回っている。
 忙しいなあ。小竜は明るい夜を楽しんでいた。竜を刻む物としての儀式は終えた。蜂須賀は小竜の隣でぐったりとしている。
「部屋に入るかい」
 小竜が言うと、蜂須賀は未だと断った。
「浦島が戻るまでは……」
「彼、石切丸さんの部隊で働いてたから、大分かかるよ」
「でも……」
「俺の部屋に行こう。熱中症っぽいんじゃない?」
 手を額に当てると、肌が熱かった。顔も赤い。あちゃあと小竜は苦笑した。
「大丈夫。看病なら任せて」
「申し訳ないよ」
「いいの。ほら、抱っこしてあげる」
「それは、遠慮するよ」
「行こっか」
「いいのかな」
「彼なら大丈夫」
 ひらと手を振ると、小竜と蜂須賀を見た浦島がひらひらと手を振った。ほら、大丈夫。小竜が笑うと、蜂須賀はほっと息を吐いた。
 すぐ近くの景光部屋に入る。謙信は今頃上杉部隊として活動していることだろう。彼は信心深い人だったから。小竜はそう聞いている。畳に寝転がった蜂須賀に、籐の枕を渡した。冷房の効いた部屋は涼しい。ひとまず氷嚢と冷たい水を給湯室から持ってきて、蜂須賀の体を冷やす。
「これぐらいならすぐ直るよ」
「ありがとう」
「平気だよ。元気になったら日が暮れてるよ」
 そうしたら、花火を上げるってさ。
 それまでもが儀式の一環だが、それでも華やかな花火はきっと綺麗だ。今年は手筒花火をやるとかやらないとか。許可を肥前がもぎ取っていた気がする。小竜のとりとめもない話を聞きながら、蜂須賀がゆっくりと眠っていた。
 真作であること。それを背負うこと。この本丸において、それがどれだけの意味を持つか。小竜には分からない。だって、小竜は真作だ。謙信も、真作だ。きっとそんな小竜では、蜂須賀の背負う想いが分からない。
 分かったほうがいいのか。ふと、そう問いかける自分がいた。分からなくていいんだよ。小さな声がした。
「小竜は、そのままでいい」
 蜂須賀が目を開いていた。とろりとした目に、小竜はぱちぱちと瞬きをした。そして、目を溶かす。
「そうだね」
 そのまま額に口吻を落とすと、蜂須賀は擽ったそうに笑った。

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