こりゅ蜂/錦玉羹/恋仲です


「蜂須賀くん、いるかい?」
 近侍の執務室にそう言ってやって来た小竜に、ひょいと蜂須賀が振り返る。
「居るよ。丁度引き継ぎが終わるところだったんだ」
 奥では加州がトントンと紙の束を叩き、良しと紐で括った。ふっと息を吹きかけると、紐が丁寧に結ばれる。神の息だ。その程度、末端だろうと、できる。
「遠征先で美味しそうなお菓子を見つけたんだ。一緒に食べない?」
「それはいいね。歌仙から茶器を借りよう」
「じゃあ頼んでくるよ。まだ引き継ぎがあるんだろう?」
「目聡いね。まだ少しあるんだ」
 蜂須賀は苦笑する。加州は、俺ならいいのに、とは言わない。近侍の仕事は責任のあるものだ。そして、審神者との貴重な時間でもある。
 付喪であるが、主と四六時中一緒に居られる近侍の仕事は滅多に回ってこない。何せ刀剣男士は百振りはいるのだ。しかも、近侍の期間は一週間程度もある。人に愛されてこその付喪だ。この特別感は、付喪にしか分からないかもしれない。
 小竜が部屋で待ってると言って去っていく。加州はへたりと眉を下げた。
「ごめんね」
「構わないよ。近侍は初めてなんだろう? 慎重なのは、良いこと、じゃないかな」
「ありがとう。俺、頑張るから、早く恋仲のところに返さないと」
「……恋仲なんて話はしたかな」
「え、見た時から思ってたし。乱が教えてくれたよ」
「なるほど。きみは乱と仲良くなれたんだね」
「うん。可愛いから、可愛くなるにはどうしたらいいかって相談したの」
 可愛くなって愛されたい。加州の直向きな思いに、蜂須賀は一抹の不安を覚えつつも、前に進もうとする意気込みは良いことだと思えた。
 百振り余りもの刀がいるこの本丸には、所謂二振り目というものもある。
 この加州は二振り目だった。
「きみはすぐに仕事を覚えられるよ」
「そうかな? そうだといいね」
 加州は頬を染めて笑っていた。
 蜂須賀は仕事の引き継ぎを終えて、分からないことは周りに聞いてみることと告げた。そして、小竜の待つ景光部屋に向かった。
 外は暑い。じりじりとひりつくような太陽だ。そういえば、朝から歌仙が働くなら夕方からだと日中の行動を制限していたなと、気がつく。近侍として審神者のもとで働いていたので、忘れていた。
 審神者の近くにいると、幸せになれる。付喪なのだ、当然だろう。蜂須賀はそう思う。では、小竜のもとではどうだろう。ぽぽと頬が熱くなる。幸せになれる。けれど、もっともっとと、願ってしまう。欲が出る。いけないな。蜂須賀は息を吐いた。深呼吸をする。暑い空気にクラクラとした。
「あ! 蜂須賀なんだぞ!」
「ほんとだ。やあ、蜂須賀くん」
「あ、ああ。謙信くんはお出かけかい?」
「うん! ごこと、えっと、がっきのれんしゅうしてるんだぞ」
「楽器?」
「びわ、だぞ。こがっきぶにたのんだのだ」
「なるほど、小烏丸さんたちのところだね」
 確か、古楽器部には今剣や獅子王も顔を出していたはずだ。豊かな知識を学べることだろう。いってらっしゃいと蜂須賀は謙信を見送った。
 景光部屋に入ると、空調の恩恵を受ける。廊下は暑かったでしょ。小竜は手ぬぐいを渡してくれた。蜂須賀はお礼を言いながら受け取って、肌にしとしとと当てて汗を拭った。
「水出し茶をくれたんだ。今、給湯室の冷蔵庫にあるから、持ってくるよ」
「いいのかい? 助かるけれど」
「勿論」
 小竜が近くの給湯室に向かう。一人残された蜂須賀はそっと息を吐いた。大丈夫、頬の赤みは引いている。きっと。
「お菓子、は、何だろう」
 これから始まるお茶会が楽しみだった。

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