山姥切長義+大包平/春とマフラー


 春の匂いがする。すんと鼻を鳴らして、長義は立ち止まった。四季が入り交じる本丸の中で、春の季節を模した場所は数多くある。何せ広い本丸だ。土地だけは有り余っていた。
 そう、春の匂いだ。長義は振り返った。どこから流れてきた匂いだろうか。長義は興味本位に歩き出した。右、左、直進。一歩、下がる。縁側だった。
 大包平が編み棒を手に、毛糸で何かを編んでいた。
「山姥切長義か」
 声をかけられ、長義は息が詰まる。何故か、見てはならないものを見ている気がした。
「怒りはしない。いつもは、短刀が多いからな!」
 少し驚いた。大包平は編み棒を動かし、網目を見ながら言う。長義は失礼だったねと苦笑した。
「山姥切長義さ。貴方は大包平だろう」
「そうだ」
「だけど、この本丸に大包平が励起した記録はなかったと記憶している」
「そうだ。俺は励起に失敗したんだ」
「失敗?」
 そんなことがあるのか。長義の疑問に、大包平はそれこそお前のほうが詳しいだろうにと言う。
「審神者とて、人の子だ。失敗することもある。俺の本体は蔵の奥に安置されているぞ!」
「へえ、そうなのかい」
「鶯丸と毛利が管理を任されているはずだ!」
「そう」
 それで、貴方は何を編んでいるのかな。長義の問いかけに、大包平は大真面目に答えた。
「マフラーだ」
「……マフラー」
「防寒具だな。鶯丸に贈ろうと決めている」
「それはまた、どうしてだい」
「日頃の感謝だ。世話を焼く柄ではないくせに、俺の本体の世話をしてくれている。見合う対価は必要だろう」
「まあ、彼なら喜ぶだろうけれど」
 濃い朱色の毛糸は、大包平の髪の色と似ている。毛糸は審神者に融通してもらったのだと、大包平は言った。
「霊力を少し分けたんだ」
「それは、貴方は今、霊力だけの存在だろうに……」
「まあ、身を削る行為ではある。だが、それに見合うだけの物だ。この毛糸は魔除けにもなる。良い物だ!」
「貴方がいいなら、いいけれど」
「つまり?」
「俺としては反対かな」
「お前たちは似たようなことを言う」
「誰と似てるだって?」
「毛利たちだ。鶯丸には告げてないが」
 丁寧に網目を数える大包平に、長義は毒気が抜かれた。この刀の前で取り繕っても仕方ない。そんな気にさせる。これぞ、横綱と言われる刀、大包平(アーティファクト)か。
「まあ、座れ。茶なら今出すぞ!」
「いらないよ。俺は戻るから」
「そうか? まあいい、一度縁が出来たんだ。お前はすぐにここに来ることができる。だからまた会おう! 折れたりなぞするな!」
「うん。そうだね」
 そうするよ。長義がそう言うと、ようやく大包平が顔を上げた。二振りの目が合う。鋼の色だ。長義は直感した。なんて、なんて深い愛の刀だろうか!
「また、会いに来るよ」
 必ず。そう言うと、大包平はくつりと笑ったのだった。

 春の匂いがする。長義は廊下に立っている。たったと五月雨がやって来た。
「お困りですか」
「何を?」
「そこで立ち呆けていましたので」
「ああ、うん。それは平気だ。五月雨は警備かい?」
「はい。ですが、交代で暇を貰いましたので、雲さんと万屋街に買い物に行きます」
「村雲と、か。いいね」
「はい」
「俺は事務室に戻るよ」
「そうしてください」
 五月雨がたったかと去っていく。やや弾んだ足取りに、長義は微笑ましく思った。それでいて、五月雨の首元が気になる。
「あれもマフラーなのかな」
 だとしたら、ああいうものを、大包平は鶯丸に贈るのか。それは、それはとても、愉快なことだ。
「愛に満ちすぎてないか?」
 やや過剰な愛情に思えたが、普段の鶯丸の言動からすると、トントンなのかもしれない。長義はすんと鼻を鳴らす。
 春の匂いはまだ、かろく残っていた。

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