鶴丸と獅子王/子を愛でるように/桜の話
審神者の話が出てきますが深くは考えてません。



 手にある皿に並んだ二つの桜餅。審神者である主がくれたそれを持って真っ直ぐに縁側のその先へと向かう。何故なら目当ての奴がそこにいると思ったからだ。半分直感のようなものだが、俺の直感はなかなかどうも当たるもので、野生の勘だななんて彼も言っていた。彼、そう今目当てとしている鶴丸のじーさんのことだ。
 庭に降りて春の陽気の中を真っ直ぐ迷わず進む。主が配給したくれたジャージと履き物でサクサクと歩いていけば広場のように手入れされた庭から、伸びた道の桜並木へと景観が変わる。縁側からは見えないが、本丸の敷地であるここも主の思い通りに季節が移ろっている。不思議だとは思うが、まず俺たち付喪神を降ろした時点で不思議、不可思議は限界を突破している。
 満開の桜並木を進めば倉庫が見えてくる。その倉庫は主がこの本丸に身を置いて早々に増築したもので、内部には主の私物のようなものが高々と積まれている筈だ。主は別に整理整頓が苦手だとか物を捨てられないタチではない。それらは全て質だ。主は質屋のようなものを営み、この本丸に来てもその仕事をやめなかった。なのでこの本丸は他の本丸に比べて圧倒的に人の出入りが多く、開放的になっている。その分、歴史修正主義者に見つかりやすいと政府から注意されているようだ。だが、今のところ彼らに見つかる気配はない。主がやけに自信満々だったりするので、どうやら何か対策が練られているらしい。ぼんやりしているようでいて抜け目のない主らしいと言えばらしいのだろう。
 そうこうしていると倉庫の前に辿り着く。そして入り口が閉まっているのを確認してから裏手に回った。そこにはまだ若い桜の木があるのだ。

 サクサクと歩き、若い桜の木が見えると目当ての白いじーさんがいた。おうと手を上げた白いじーさんこと鶴丸も俺と同じように軽装だった。とは言っても一番上に羽織る着物がないだけのように見えるが。近付けばいつもの戦装束より薄地だと分かるだろうが、この距離では流石に分からない。

 近付けば、鶴丸は桜餅かと嬉しそうな声を出した。
「いいねえ。茶はないのか?」
「どうせ鶴丸じーさんは水筒持ってんだろ?じゃあ要らねえじゃん」
「おお!よく分かったな!」
「いつも持ち歩いてるだろ。あと俺の水筒が台所から消えてたし。」
 どうせ鶴丸じーさんの仕業だろと呆れて言えば、楽しそうな笑い声が返ってきた。主がこの本丸は広いからと刀剣男士全員に配給してくれた水筒は色と模様だけで見分けがつくものであり、鶴丸は白に金色のライン、俺のは黒に金色のラインが描かれたものだった。ちなみにそれらの水筒は質屋をしていて知り合った人物に手描きしてもらっているらしい。主の人脈は驚くほど広い。審神者を始めてから新たに各時代に膨大な人脈を持つことにもなっている。でもその人脈は広く浅いもので、歴史を変えられるようなものではない。そもそも主はただの質屋。それも武士などが使う立派なものには仕立て上げていない。
 鶴丸が二つの水筒を持って若い桜がよく見える位置へと移動する。そこは大きく育った紅葉の下で、青い紅葉の木漏れ日の中で鶴丸はおいでと目で手招きした。その楽しそうな様子に、はしゃいでんなと呆れながらも不思議と濃くなった春の気配に自分も心が浮き立つのを感じる。この体は不思議だ。俺たちは刀である筈なのにこんなにも人間のように思える。
 鶴丸の隣に移動して柔らかな草に覆われた地面に腰を下ろす。鶴丸も腰を下ろし、俺の持つ皿から片方の桜餅を持ち上げた。そしてそのまま食べるので、花より団子かと呆れれば腹が減ったと返された。
「ここに来たら思っていたより見事なもんでな。見惚れていたら朝から何も食べていないことになったんだ。いやあ驚きだ。」
「朝から姿が見えないってそこそこ騒ぎだったんだけどな。」
「はっはっはっ、驚きをもたらせたみたいだな!」
「主がこの本丸からは出てないって断言したからそこまで騒ぎにはなってねえよ。」
 そう言うと俺も桜餅を口に運ぶ。かぶりと食べれば甘い味が口の中に広がった。人間はだいたいが甘いものを好むという。俺たち刀剣男士も程度の差があれど甘いものを好む者が多い。人間を真似ているのだろうか。まあ、そんなことはどうだっていいのだけれど。
「それにしても、獅子王は俺がここにいるとよく分かったな。主に聞いたか?」
「いんや。聞いてない。」
「ほほう。なら何故だい。」
 にやと笑う鶴丸に、俺は水筒で喉を潤してから告げた。
「だってあの木を気にかけてだろ。」
 鶴丸はおおと笑う。
「よく知っていたな。」
「誰だってすぐわかるだろ。」
「でもここに探しに来たのはキミだけだぞ?」
「ん?そうなのか?俺は何人かに会ってると思ってたんだけど。」
 不思議に思えば、鶴丸はワクワクとした目で理由を言うのを待っているらしかった。なので俺は簡単な話だと言う。
「この桜だけ昨日まで蕾のままだっただろ?その桜が花開く瞬間は鶴丸じーさんの好む驚きだろうなってな。」
 そうだろと決めつけるように言えば鶴丸は声を上げて笑った。
「こりゃ、驚きだ!」
 ケラケラと楽しそうな鶴丸に、俺も少し楽しくなる。この、耳障りではない笑い声は人の心を柔らかくさせるものだ。俺たちは刀剣男士だけど。
「それにしても、まさかこの桜が蕾だったことをキミも知っていたとはなあ。」
 若い桜を見ながら言うのを見て、俺も桜を見る。若い桜は開いたばかりで風に揺れても花吹雪は作らない。代わりに可憐な花を細い枝ごと揺らすだけだ。その姿に見惚れていれば、嗚呼そうかと鶴丸は言った。
「キミも楽しみにしていたんだな。」
 獅子王だって長い時を生きたじじいだった、と。何を当たり前のことをと思うものの、それは当然だ。俺はじじいらしくないのだから。でもそれでも俺だってじじいなのだ。
「若い奴の晴れ姿は楽しみなんもんだろ?」
 まだ背丈が十分にない桜を見ながら言えば、鶴丸は尤もだと何度目かもわからない笑い声を上げた。

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