燭台切+福島/あいのうた


 血を拭う。唇が切れていた。返り血の赤黒さとは違う。鮮血の色。口内が鉄臭い。燭台切はやや荒々しく息を吐いた。
「燭台切さん」
 呼ばれる。振り返れば、極の愛染がひらひらと手を振っていた。
「帰るぜ」
「どこに」
「本丸」
「帰ったところで、僕らがしたことに変わりはないのに」
「そうだぜ、変わんねーよ」
 だから、帰るんだ。愛染は返り血に濡れても、力強く輝いている。
「一番大切なところに帰る。それが、オレたち刀にできる唯一だ」
 オレたちはどこまで人を真似ようと、物なんだ。その言葉に、燭台切はふうと息を吐いた。
「きみは格好いいね」
「だろお」
 そうして愛染は部隊全員に声をかけ終えて、本丸への帰還を告げた。

 本丸に帰ると、桃の花が咲いていた。暦はもうそんな時期なのか。燭台切はすっかり消えた雪に心の中で別れを告げた。
「光忠、おかえり」
 声をかけられる。あ、と見れば、福島が花束を手に安堵していた。
「難しい戦場だと聞いていたよ。無事に帰ってきてよかった」
「うん。あなたは、花の買い出し?」
「明日、お客様が来るらしいからね」
 花束の中、大輪のユリの、その香りに、燭台切は目が眩みそうだった。福島は、風呂に入っておいでと続ける。
「夕飯はカレーだってさ」
「うん」
「光忠はもう休みなんだろう。ゆっくりするといいよ」
「そうするよ」
「あれ?」
 唇が切れてる。福島がとんとんと彼自身の唇を叩いた。そういえば切れてたっけ。
「噛んだのかな」
「そうみたい」
「ちゃんと軟膏を塗っておくんだよ」
「忘れないようにしなきゃ」
「是非ね。じゃあ俺は行くから」
「行くの?」
 僕を置いていくの。そんな寂しい子どもみたいな声に、福島はふふと笑った。
「俺も仕事があるからね。夕飯の時間になったら呼びに行くよ」
「絶対だよ」
「俺が光忠に嘘ついたことあったかい?」
「無いけど……忙しいんでしょう」
「かわいい兄弟を無碍にするほどじゃないさ」
 だから、安心して。福島の心からの言葉に、燭台切はゆるゆると頬が緩んだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 福島がユリを揺らして歩いていく。燭台切は曲がり角でその背が見えなくなるまで、その場に立っていた。
 彼が見えなくなると、真っ直ぐに風呂に向かう。ひら、桜の花弁が舞った。わ、誉桜じゃん。そっと見守っていた愛染が、蛍丸と並んで楽しそうに笑ったのだった。

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