燭台切+福島/ヒヤシンス


 信じている。

 迷信というものがある。大抵は気にしなくていいものだけど、そこには少しだけ世の不可思議が詰まっている。だから、神の末席である刀剣男士は、そのすべてを無視してはならない。

 ぱちん、ぱちん。花の茎を切る音。燭台切はそっと耳を澄ませる。ぱちん、ぱちん。一定の感覚で、その音は繰り返される。
 フラワーアレンジメント、というやつらしい。福島が励起してこの方ずっと凝るそれを、燭台切は意識の外で確認する。朝とはいえ、まだ陽は隠れたまま。こんな時間に何してるんだと言いたいけれど、燭台切の起きる時間もそろそろだろう。朝方生活なのはお互い様だ。
 ふっと目を開く。そのままのそりと起き上がると、声がかけられる。
「おはよう、光忠」
 花の香りがした。ヒヤシンスの香りは強いからね。そんなことを以前に聞いた気がする。あれはいつだっただろうか。
「おはよう、あなたは早いね」
「光忠ほどじゃないさ」
「僕より早いじゃないか」
「今日はたまたまだよ」
 毎日早起きしている光忠には敵わないよ。くすくすとした声に、そうじゃないんだけどと燭台切は繰り返した。
「さっき畑の花を収穫させてもらったんだ。審神者も起きていて、執務室に花を飾らせてもらったよ」
「そう」
「今はこの部屋の分。ここが終わったら、玄関の花瓶でね」
「そうなんだ」
 ぱちん、ぱちん。鋏の音。鋏が、花の茎を切る音がする。一定の間隔で繰り返されるそれは、淀むことなく進む水のようだった。きっとこの刀は澱みを知らないんだろうな。燭台切はそう考えた。
「光忠は厨当番なんだろう」
 香りが気になるかな。ヒヤシンスの甘い香りが鼻孔を掠める。なんでもないんだ。そう言われた気がした。気が狂いそうだった。
「あなたは」
「うん」
「花が好きだね」
「そうだね」
 花が咲き、もゆるように。盛りは花の、下に何一つ残さない。花がらさえも、彼は綺麗に片付けてしまう。それがフラワーアレンジメントだというのか、分からない。
 ただ、分かるのは彼が早起きだということだ。
「昼寝でもするんだよ」
「ええ?」
「絶対にもたないからね」
 約束してと目を細めると、福島は苦笑した。
「分かったよ」
 約束と、形作られた声音に安堵する。ぱちん、ぱちん。鋏の音は止まらない。これは本丸という空間で繰り返される夢だろう。でも、福島は真実、起きている。真っ事、厄介である。だが、それでこそ、神の末席。兄弟は今日も柔らかく笑っている。

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