燭台切+福島/誰そ彼


 夕暮れ。春の穏やかな陽気から、夜に変わる瞬間。福島は目を凝らす。真っ赤に染まる景色はほのかに橙に色めいていて、その赤は福島の目や髪を彩る赤ではない。カラスが山に帰る。世界は赤に染まっている。
「ここにいたの」
 声をかけられて、福島は振り返る。夕陽を背に、彼を見た。光忠だ。福島は笑う。
「やあ、光忠」
「何してたの」
「別に何も」
「本当に?」
「本当だとも」
「そう」
 一先ず信じることにしたらしい燭台切は、ほらと手を差し伸べる。福島はその手に手を重ねた。
「こんな時間に外を出歩いてちゃだめだよ」
「子どもじゃあるまいし」
「変わらないよ」
 心配性だな、福島は燭台切を見た。そして、あれ、と口にする。
「光忠、目が赤いけれど」
 どうして?
 瞬間、ぐいと別方向から引っ張られる。ぽんっと投げられて、着地。振り返れば、燭台切が燭台切の姿をしたものに、刀を向けていた。
「光忠!?」
「あなたはそこに居て。全く、黄昏時に紛れ込むなんてね」
 燭台切の一太刀で、それは砂のように消えた。
 福島はぽかんとしていたが、すぐに燭台切に駆け寄る。さっきのは何だったのか、よりも、燭台切のことが気になった。
「光忠、今のを斬って大丈夫かい? 穢れがついたりとか」
「大丈夫だよ。あなたこそ、変なものが引っ付いてないか調べるからね」
「俺は平気だろう」
「御神刀たちに見てもらうよ」
「光忠っ」
「あのね」
 燭台切は泣きそうな顔をしていた。福島は咄嗟に彼を引き寄せて、背中を撫でる。福島を守ってくれた燭台切の背中は広いのに、どこか寂しそうだった。
「ごめんな、光忠」
「許さないよ」
「うん、ごめん」
「心配したんだから」
「そうだね」
 ごめんね。福島の言葉に、燭台切はそっと震えた。
 やがて戻った本丸屋敷を通り過ぎた、本丸の奥。城の奥で、来たかと大包平が目を開く。
「御神刀のところに行くかと思ったんだが」
「そっちにも行ったよ」
「そうか。で、仕舞われるのか」
「いや、あなたにも一度会うといいって」
 福島が言うと、そうかと大包平は本を閉じた。城の奥深く。大包平の神域に似ているというそこで、彼は夢を見ている。本体は眠りにつき、精神だけが数多のもの所蔵品の手入れをしていた。
「燭台切が聞きに来たぞ」
「俺の居場所を、かな?」
「そうだ。随分と人馴れした怪異に出会ったものだ」
 手を見せてみろ。そう言われて、あのモノに触れた手を見せた。大包平は矢張りなと息を吐いた。
「穢れはない。繋がりも見えない。だが、」
「だが?」
「お前はその手に繋ぐものに気をつけなければならない」
「手繰り寄せてしまうということ?」
「そうだ」
「それは厄介だね」
「繰り返すが、それは呪いでもない。ただ、そういう性質だ。個体差というやつだな」
「そう」
「燭台切は気がついていたんだろう」
「光忠が?」
「あれもお前に引き寄せられた質なのだろうな」
 まったくもって厄介である。大包平は城の奥、文机でさらさらとものを書いた。精神体なので実体はないものの、筆を浮かせることができるらしかった。
「記帳は済ませた。気をつければ何の問題もない。出陣も平気だろうな!」
「そう、見てくれてありがとう」
「それがこの俺の仕事だ。気にするな」
「そうだね」
 じゃあまたね。福島の言葉に、大包平はあまりここに世話にならないほうがいいと真面目に返した。
 城の奥から歩き、自室まで向かう。陽はすっかり沈んでいて、夜戦部隊の号令が聞こえた。部屋に入ると、燭台切が待っていた。
「大包平さんに会ってきた?」
「うん」
「何だって?」
「手繰り寄せる質らしいよ。光忠も、この手には触れないほうがいい」
「別に悪いものばかりを引き寄せるわけじゃないでしょう」
「それは、そうだろうけれど」
「ねえ、」
 消えたりしないで。夜、白熱灯の下で響いたその言葉に、福島は笑った。
「消えないよ。光忠も本丸の皆も、置いて行かない」
 ここはいいところだから。それに、置いて行かれる寂しさも持ち得ているさ、と。福島の言葉に、燭台切はただ、こくんと頷くのみだった。

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