光忠兄弟中心/とむらひ6


 今日は川遊びをしよう。ふくちゃんに誘われて、山中の浅い川に来ていた。水の中、石に座って足を浸す。小魚がすいすいと泳いでいく。それを追いかけて、手を伸ばしたが捕まえられなかった。魚は素早いものだ。
 ふくちゃんが素足を濡らして、タッタと川の向こうに行った。待って、行かないで、ぼくも行く。そう立ち上がると、ふくちゃんはくるりと振り返った。
「みつはそこにいて」
 赤い目が、僕を止めた。それがどうしてか、分からなかった。
 蝉の声が脳に響く。川にせり出した木の陰。ここはまだ変わらない。ぼくらの夏はずっと終わらない筈なのに。


・・・


 燭台切は朝から部屋にいなかった。
 福島は初陣に備えて、支度をした。心に残るものがある。それを解消するためにも、福島は出陣すべきだった。刀剣男士の本懐は、やはり、戦場で己を振るうことだ。

 昼頃。福島の初陣となる。部隊は、福島、獅子王、愛染、蛍丸、日本号、堀川だった。昼戦だよ。近侍の加州が言う。隊長は福島だった。無茶だけはしないように。加州の言いつけに、福島は頷いた。

 戦場を駆け抜ける。根兵糖である程度、練度の補強がされていた。堀川と愛染が皆の助太刀をする。蛍丸と日本号が暴れる。獅子王が馬に乗って先駆けた。戦場は、土と泥と血の臭いがした。とても、慣れたものではない。でも、本懐だ。

 無事、帰還する。福島は軽傷だった。だが、全員無事だ。おかえり。出迎えたのは審神者と加州、そして燭台切だった。
「ただいま」
 へらと笑うと、燭台切は泣きそうな顔で福島を手入れ部屋に導いた。

 明石が蛍丸と愛染を手入れ部屋で寝かしつけて、言う。
「きみらは家族なんやろな」
 どうしたって、どう足掻いたって。明石は言う。
「家族なのは、長船みんなのことで」
「んー、どっちかと言いますと、兄弟なんやろ。光忠は長船派の祖なんやろ?」
 明石もそうだった。
「祖であることは、家族の中でも年長の部類や。そうするとなあ、同派は兄弟より、保護者と被保護者みたいなモンで」
「はあ」
「そうすると、家族と兄弟には大きな隔たりがあるやん」
 来派はそういうわけだから。
「きみのところは知らんけど、きっと、きみらは特別なんやろうなあ」
 さあ、寝ておしまい。明石の滑らかな言葉で、福島は手入れ部屋にて、眠った。

 手入れが終わると、獅子王の部屋に向かった。本丸の奥、そっと入ると、いらっしゃいと声をかけられる。獅子王の部屋で、鵺がひゅうろろと鳴いていた。
「ねえ、獅子王くんにとって、兄弟って何だい」
「兄弟?」
 そうだなあ。獅子王が窓の外を見ている。髪で、向きで目が隠れて、表情がうまく見えない。
「俺はそういうの、いいや」
 そりゃあ兄弟がいるって、特別なことだろうけどさ。獅子王は振り返った。西日を背に、告げる。
「いらない」
 そういう刀もいるって事。福島はただ、受け止めた。

 夜の厨。光忠がいるだろうと向かうと、ありゃと声がした。髭切が立っていた。
「こんばんは、きみもお腹が空いたの?」
「え?」
 ラーメン、食べるかい。髭切は袋麺をひらひら振った。
 ラーメンを二人前。テキパキと作ると、小さな卓を囲んだ。
「貴方も兄弟がいたね」
「ええと、弟のこと?」
「うん」
「うーん、僕ら兄弟と、きみのところは大分違うよ」
 むしろ近いのは。
「僕と獅子王かな」
「それは」
「そういう説があるんだ。あの子は否定するけどさ」
 でも、獅子王はその謂れも含んだ存在だと思う。髭切は熱いラーメンを食べながら、器用に言う。
「兄弟って、実はとても曖昧で、厄介なものだよ。それを、あの子は厭がる。まあ、分からなくもないけど」
「そうなのかい?」
「兄であること、が、僕という刀剣男士を形成するひとつの概念だよ。それは、きみもじゃないかな」
「そうかもしれない」
「うん。そうだとすると、僕らは獅子王のことが分からないし、弟のことも分からない」
 兄であること。それがどういうことか。
「ただ守ればいいってものじゃなくて。ずっと一緒にいればいいものでもなくて。きっと、もっと、温かな形をしてる」
 兄って、そういうことだろうと思うよ、と。

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