光忠兄弟中心/とむらひ5


 朝から線香の匂いがして、風鈴の音が耳をくすぐる。お経と、木魚とお輪の音色。お盆が来たんだ。おばあちゃんとおじいちゃんたちが言っていた。
 おばあちゃんから夜にどうぞと貰ったのは線香花火で。暗くなってから、家に呼んだふくちゃんと線香花火をした。
 お盆といえばこれだね。ふくちゃんは笑う。線香花火はうまく弾けて、地面に落ちずに消えていく。ふくちゃんが、こりゃいいとまた笑う。その笑顔がとてもきれいだった。
「きれいだね」
 思わず言うと、ふくちゃんはそうだなとくすくす笑う。
「線香花火っていいものだね」
 そっちか。僕がふむと頷いていると、ふくちゃんは次の線香花火を手にしていた。線香花火はたくさんあって、二人では遊びきれない量だった。


・・・


 春、早朝。もう燭台切は部屋を出ている。一人で目を覚ますと、久しぶりに獅子王が呼びに来た。畏まった彼曰く、審神者に呼び出されたのだ、と。
 二振りで審神者の執務室に入る。初陣が明日の昼間となったことを、審神者の口から告げられた。
 福島がピンと背を伸ばすと、だっだと足音がした。燭台切が駆け込んでくる。後ろで鶴丸が止める声がする。
「主くん、本気なの? この刀(ひと)を出陣させるなんて、信じられない」
 今にも叫ばんと激昂する燭台切の、その言葉に福島はどすんと背後から刺されたような気がした。近侍の加州と、後ろから飛び込んできた鶴丸、獅子王までもが燭台切を抑える。気が立った燭台切が周囲に促されて、福島の所在と表情に気がつくと、片目を見開いた。
「ごめん」
 審神者ではなく、福島にだけ、謝って去っていく。鶴丸が何なんだとぼやきつつも、燭台切を追いかけた。加州も頭が痛いと額に手を置く。審神者だけは屹然と、出陣の決定を覆すつもりは無いと宣言した。
 獅子王が福島の背を撫でる。福島は唇をきゅっと引き結んだ。何となく、目頭が熱かった。

 今日は、馬当番に三日月と大包平が割り振られている。獅子王が二振りと仲が良いからと手伝うのを、福島はわらのそばでぼんやり眺めていた。休憩時間になると、さてと三日月は言う。
「燭台切はどうしたのか」
「どうしたのか、というより、どうしたいのか、だろう!」
 大包平は憤る。
「刀剣男士の本懐を、邪魔してどうする!」
 朝の騒ぎは既に本丸中に噂の形で広がっていた。獅子王がだよなあとぼやいた。
「燭台切は何かを間違えているのか?」
 あれが、か。三日月が確認する。あれが、かもしれん。大包平が言う。きっと、何かがあったんだ。獅子王が目を伏せて言った。それぐらいの激昂だった、と。
 そんな三振りの問答を、福島は黙って見ていた。

 夕方。光忠部屋で福島が静かにしていると、日本号がやって来た。
「諍い(いさかい)があったんだろ」
 彼は単刀直入に言う。福島はこくんと頷いた。
「うん」
「お前は燭台切が嫌いになったのか」
「そんなわけない」
「じゃあ、話し合うしかねえな」
「でも、光忠は俺を避けてるみたいだ」
 部屋で待っていたのに、今日は朝しか会えなかった。きっと、今晩は部屋に帰ってこない。そんな気すらするんだ、と。
 日本号はそれを聞いて、繰り返す。
「本当に、そうなのか」
「……あ」
 そうだ。夜の厨で会えるのではないか。そう閃いた福島に、日本号は、まあ頑張れよと告げて去っていった。その手には酒があった。誰かと飲むのだろう。福島は、酒をあまり嗜まないから。

 夜の厨。顔を出せば、燭台切が立っていた。待ってたよ。彼はホットミルクをマグに入れながら、苦笑する。
「そろそろ、言わないといけないかなって」
「何を」
「僕の記憶について」
 燭台切は淡々と言う。温かくて甘い匂いが、厨を満たす。
「僕には、幼少期の記憶があるんだ」
「幼少期の?」
 そんな。福島は驚く。
「肉の器を得たのは、刀剣男士になってからだろう。幼少期なんて、俺達には無いんじゃないか?」
「うん。それでも、僕にはその一時期の記憶がある」
 楽しい日々だよ。燭台切は静かに言う。
「夏の、一時期。僕は毎年、農村に預けられたんだ。そこで、ふくちゃんと毎日遊んでた」
「ふくちゃん?」
「そう、幼いあなただよ」
 黒い髪、赤い目。どこか、自分と似たひと。燭台切の記憶の中に、幼いふくちゃんが居るのだ。
 福島は自分がいるなんて、それこそ夢物語だと言いたかった。だが、燭台切は冷静そうだった。人が過去を懐かしむように、穏やかですらあった。
「あなたには無くても、僕にはある。ごめんね、こんな話をしても、困るだけなのに」
 控えめな言葉に、福島はそんな事はないと反論した。
「困りやしない。どんどん教えてほしい。光忠のことを、もっと知りたいから」
「どうして」
「分からないけれど、ただ」
 唯。
「光忠を放ってはおけないから」
 それは己が兄である所以である。

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