光忠兄弟中心/とむらひ4


 夜の林。真っ暗な農道を歩く。懐中電灯で道を照らし、手を繋いで歩いていく。
 水の流れる音がした。沢に近付くと、ふくちゃんが懐中電灯を消した。ふわ、ふわり、蛍が光った。蛍たちがたくさん光って踊っている。ほうっと見惚れた。ふくちゃんが言った。
「蛍って寿命が短いんだって」
 ボソリとした声に、それはと質問する。蛍光色が、黒い髪と赤い目を不思議な色に染めている。
「蝉ぐらい?」
 あれも短いって言うよね。そう言うと、ふくちゃんはくすくす笑った。
「わかんない」
 わかんないけれど、そうかもね。
 蛍を充分に見ると、また懐中電灯をつけて、農道を歩く。家に帰ったら、ホットミルクを飲もうかな。ふくちゃんは、あの飲み物が好きなんだと笑う。
「蜂蜜を入れるより、砂糖を入れる方が好きだな」
 そうなんだ。そう言いつつも、何だか心に残った。


・・・

 春の朝方。ことんと音がして、福島が目を開くと、燭台切が起きて着替えも済ませていた。おはよう。燭台切が言う。
「おはよう、光忠。もう起きるのかい」
「まあね。朝餉の支度もあるから」
 まだ、寝てていいよ。燭台切がそう言って部屋を出るのを、福島は見送る。しかし寝ててもいいと言われたが、二度寝する気にはなれず、身支度をしようと布団から起き上がった。春の朝はまだ寒い。
 こんなに朝早くにどこへ行けばいいか分からず、一先ず本丸の庭を散歩してみる。花を愛でながら歩くと、東屋に人影が見えた。誰だろう。近付けば、鶯丸と獅子王が茶を片手に会話しているのを見つけた。流石は古刀、朝が早い。と言ったら気分を損ねるかもしれないので、当たり障りの無い朝の挨拶をした。
「おはよう、獅子王くん、鶯丸さん」
「おはよう! 朝早いな」
「おはよう。よく眠れたか?」
「そこそこ寝たよ。一緒に居てもいいかな」
「勿論!」
「茶なら俺がいれよう」
 こだわりがあってな。そう笑う鶯丸に、任せてやってくれよと獅子王が苦笑した。きっと、鶯丸も獅子王が教育係だったのだろうと、思えるような距離感だった。
 緑茶をいれてもらって、雑談に興じる。福島はその途中にそういえばと口にする。
「光忠に違和感がないかい」
「特に無いぜ」
「俺も気にならんな」
「そう?」
 ううむと考え込む福島に、獅子王と鶯丸は目を合わせてきょとんとしている。何かあったのか。そう獅子王に問われて、何もないけれどと福島は歯切れ悪く言うしかなかった。

 そろそろ朝餉の時間だからと、三振りで食堂に向かい、席につく。その朝餉の席で、福島にそろそろ初めての出陣命令が出ることが、近侍の加州により周知された。

 初めての出陣に福島は心が浮足立っていた。ふわふわとする福島だったが、燭台切が審神者の執務室に駆け込んだ。何やら物騒な気配がする。加州が待って落ち着いてと叫ぶのが聞こえた。ばたん。燭台切が執務室を出る。荒々しいそれに、不信感を覚えて執務室に入れば、加州が頭を抱えていた。どうやら、審神者と燭台切が喧嘩したらしい。
 その事はすぐに本丸の話題となった。あの温厚な燭台切が、どうしたのだろう。他の刀よりも新人だからか、特に不安がる福島に、亀甲がそっと光忠部屋にやって来た。
「福島さん、少しいいかな」
 この後、ぼくらの部屋にお茶に来ないかいと。

 夕方。指定された時刻に、指定された貞宗部屋に入ると、待ってたぜと太鼓鐘が口にする。亀甲は微笑み、物吉が熱い茶と冷たいお菓子を出した。
「みっちゃんのことだけどさ」
「うん」
「この本丸のみっちゃんは、他の本丸のみっちゃんとは少し違う」
「それは」
 どことなく感じていた違和感のことだろうか。それを告げる前に、太鼓鐘は珍しく言葉を遮って、告げた。
「これは、あんま話しちゃいけないんだけどさ」
 言ってはいけない。話しちゃいけない。それでも、言わねばならない。
「この本丸のみっちゃんには、無いはずの記憶があるんだ」
 ばちん。福島が目を丸くする。思いがけない言葉に唖然とする。衝撃的な言葉を放った太鼓鐘は、じっと福島を見据えている。それは、福島を通り過ぎて、その向こうにある何かを見つめているようだった。
「きっと、それが邪魔するんだ」
 悪い記憶ではないらしい。でも、だからこそ、男士にあるまじき行動を生み出すのだろう、と。

 夜の厨。いつものようにそこに向かうと、燭台切が待ってたよと微笑む。ホットミルクを作り始めた燭台切は、福島にあるはずの無い記憶とやらを話さない。でも、違和感を匂わせる。まるでそれは。
「触れてほしいみたい、だ」
「うん?」
 なにか言ったかい。燭台切が不思議そうにするから、何でもないと福島は返事をした。白くて甘い匂いが、厨に広がっていった。

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