入道雲の断片/鶴丸+獅子王/夏の欠片
タイトルは累卵様からお借りしました



 ほら、空見ろよ。そう言って指差した先には、膨らもうとする雲が見えた気がした。

 本丸には夏が無い。というよりも、正確な季節が無い。何とも膨大な霊力を持つという俺たちの主が生み出したこの本丸では、四季折々の草木や花が一斉に芽吹き、花開く。こんのすけはここは一種の異界故、そういうこともありますとただ淡々と述べるのみだったが、それにしても季節感が無いというのは、どうにもつまらない。退屈だと近侍をしていた時に呟いたら、気にしたらしい主が表面的な季節の循環を作り出してくれた。だが、審神者の機嫌一つであっさり切り替わる季節は、面白さと有り難みに欠ける。
 全てが予定調和の世界だと同室の獅子王にぼやけば、買い出し当番に立候補して外に出ればいいじゃないかと言われた。おいおい、そういうことじゃあないんだぜ。
「兎も角つまらん。驚きがない」
「鶴丸のいう驚きが俺には分かんねえんだけど」
 今日も落とし穴を掘っては引っかかるのを待ってたじゃないかと獅子王は鵺に櫛を入れながら言った。まあ、確かに落とし穴に引っかかった大包平には驚きを提供できたと思うが、そこまでだった。俺が、面白くない。
「獅子王、何か驚きはないか」
「無いな。強いて言うなら今日のお八つは燭台切が作ったプリンらしいぜ」
「それはもう知ってる!」
 五虎退が修行の旅から帰ってきてから初めての誉をとった。そのお祝いとして、光坊は彼の好物であるプリンをお八つに選んだわけである。なお、五虎退の正式な誉の褒美は、主がその手で作った御守りを望んだそうだ。膨大な霊力を持つ主手作りの御守りには刀剣破壊を防ぐ効果は無いが、時間遡行軍がよく纏っている穢れから身を守る力がある。よって皆に手渡されているので、五虎退は二個目を望んだということだ。話を聞いた時、心配性だからなのかと一瞬考えたが、旅から帰ってきた五虎退はずっと逞しくなった。何か意図があるのだろう。
「暇だーひーまー」
「そんなら鵺と遊ぶか?」
「遠慮させてもらう」
 鵺と遊べるのは旅から帰ってきた短刀ぐらいだ。鵺は夜を好むらしいので、動きが鈍い昼間ならまだ遊べるかもしれないが、その口に飲み込まれでもしたらたまらない。何より、前に噛まれたことを思い出してゾッとした。軽傷で済んでよかった。その後の主の説教も大変だった。あんな心がゾッとする驚きは遠慮したい。
「もっと幸せになる驚きは無いのか!」
「ええ、んなこと言われても」
 あ、そうだと獅子王は鵺に櫛を入れる手を止めて、そっと顔を上げた。俺もさっき見つけたんだけどさ、と空を指差す。
「あれ、入道雲の欠片みたいじゃねえか?」
 そこには少し膨れたような雲がちぎれた様子で浮かんでいた。

 この本丸には正式な夏が無い。あるのは、有るのか無いのか曖昧な季節だけで、いつも適温だから汗だって殆ど流れないし、寒いからと火鉢を出すことも無い。雪も降らなければ雷雨なんてとんでもない。それなのに、獅子王は空に入道雲の欠片があると言うのだ。
「獅子王、きみは驚きの才能があるな」
「急に真顔でどうでもいいこと言われても」
「ちょっと皆に言いふらしてくるぜ! これはいい驚きだ!」
「ちょ、言いふらすのかよ?!」
 部屋を飛び出して、まずは厨に居る光坊達の元へ向かえば、後ろから獅子王が、俺が言ったって言うなよと恥ずかしそうに叫ぶ声が聞こえた。

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