光忠兄弟中心/とむらひ1


 夏の一時期に、毎年預けられる村がある。小さな農村、全員が顔見知りのそこで、自分は積み木遊びをしていた。小さな手、低い身長。齢はまだ、小学校の低学年だろうか。黒い髪をさらさらと揺らして、医療用眼帯を付け直す。近所のおばあちゃんが持ってきてくれたお下がりの遊び道具たちを、持て余している。
 あの子、まだ来ないのかな。毎年のように会っているあの子を思い出す。
 夏の昼間、じりじりと暑い日差し。夏空の下に行くなら、麦わら帽子を被らないとね。そんな声が聞こえた気がした。誰の声だろう。大人の男の人の声だった。
 たったと足音がした。門の方、顔を上げると、応対するおばあちゃんと、あの子が見えた。
「みつ!」
 長めの黒い髪、赤い目。きらきらと輝くそれらを纏うあの子に、言うのだ。
「ふくちゃん、おはよう!」


・・・


 季節は春。鍛刀部屋にある励起の場所で、審神者が祈る。おいでませ、お出でませ。空がはれる、鼓動が高鳴る。光が溢れる。桜が、舞った。
 それは人の形を得る。
 人の形を得た彼は、伏せていた目を開いた。黒い髪が揺れる。赤い目が審神者を射抜いた。
「俺は、福島光忠」
 よろしく。そんな自己紹介に、審神者は安堵して頭を下げた。
 審神者の後ろに控えていた二振りの太刀を、福島は見た。審神者は顔を上げると、淡々と黒髪に眼帯の青年を見る。任せて。彼は微笑む。
「僕は燭台切光忠。今週の近侍さ。こちらは獅子王くん。この本丸の初太刀で、新人太刀の教育係を担当してるよ」
「よろしくな!」
「細かいことは獅子王くんに聞いてね。僕は主くんを部屋に戻すよ。霊力があまり持たないんだ」
 そうして燭台切は審神者を連れて鍛刀部屋を出た。残された二振りのうち、獅子王が口を開く。
「というわけで、励起してくれてありがとな! 俺が福島の教育係だ!」
「うん、よろしくね」
「おう。まずは、新人部屋に行くか。新人は部屋が決まるまで、新人部屋を仮部屋に使うんだ」
「部屋が決まるまで?」
「そう! 仲の良い刀とか、雰囲気とか、そういうので審神者が判断するぜ。大体は同派と同じ部屋かな。福島は光忠なんだろ? だったら燭台切と相部屋かもな」
「ふうん」
 いまいちピンとこない福島に、まあそのうちなと獅子王は笑っていた。

 本丸をざっと案内するぜ。獅子王はそう言って、城と屋敷を歩き回って、主要な施設を案内してくれた。細かい所はそのうち覚えればいいからさ。獅子王は、ここ広いよなと頷いている。福島はそうみたいだと相槌を打った。その曖昧な声に、獅子王が顔を上げる。
「何か気になるのか?」
「ああ、いや。光忠が」
「燭台切のことか?」
「随分と、審神者に甲斐甲斐しかったようなきがしてね」
「あー、ここの審神者はちょっと霊力が不安定でさ。新しい刀を励起した後は必ず体調を崩すんだ。その時に世話するのが近侍って決まってるから、まあ、仕事?」
「成る程」
 それはそれとして。獅子王はぴんっと指を立てた。
「しばらく、福島は出陣無し! まずは内番をこなして肉の器に慣れようぜ!」
 仕事は俺が一つ一つ教えるから。獅子王の明るい笑顔に、福島は安心して息を吐いた。

 夕方。夕餉のために食堂に向かう。励起してから初めての食事だ。歌仙が特別に用意したという、初めて食事する刀のためのご飯を手に、卓についた。すると、からんからん。そんな音がして、驚いた。獅子王が、遠征部隊が帰還したんだと教えてくれた。
「今、遠征から帰ってきたとしたら」
 トントン、食堂の近くを通る音。ひょいと部屋を覗いた彼に、福島は目を丸くした。
「ご、」
「ご?」
「号ちゃん!!」
「へ、号ちゃん?」
 獅子王の戸惑いなどいざ知らず。福島はだんっと立ち上がって日本号に駆け寄った。日本号は、おおと返事をする。
「とうとう励起したのか」
「うん! 号ちゃんと会えるなんて」
「ま、そうだな。とりあえず、俺は遠征の報告があるからよ。太刀ってことは、獅子王が教育係か」
「うん。獅子王くんだよ!」
「よっ、日本号」
「頼んだぜ、じーさん」
「俺はじーさんじゃない!」
「へ?」
 じーさんって何。そんな福島の不思議そうな顔と声に、日本号は見た目に騙されんなと呆れた声を出した。
「この刀、平安の、だぞ」
「そうなの?!」
「だからじーさん扱いはやめろって」
 もうとふくれっ面になる獅子王は、若々しかった。

 風呂を学び、新人部屋に帰る。獅子王と別れて、布団に寝転がった。電気を消した、暗い部屋。目を閉じて、暫く。ぱちんと目を開いた。なかなか寝付けそうになかった。
 どうしようかと迷ってから、寝間着に薄い上着を羽織って、福島はふらふらと廊下に出た。
 どこかで酒盛りをしている音がするが、遠く、小さい。どこかまでは分かりそうになかった。誰かとお喋りできないかな。気配を求めて、ふらりと歩く。暗い廊下を、明かりもつけずに、壁に沿って歩いていく。ぺたぺたと、素足が木の床に当たる音と感覚が神経を刺すようだった。
 辿り着いたのは食堂に続く厨だった。明かりが灯るそこ。立つ刀がいた。
「あれ?」
 まだ寝てなかったの。燭台切がぱちぱちと瞬きをした。

 燭台切が待っててと何かを小鍋で作り始めた。福島は、うんと頷いて厨に入る。
「眠れなかったんだね」
「うん。どうにも、目が冴えて」
「初めのうちは、なかなか眠れない男士も多いよ」
「そうなのかい?」
「うん。僕もそうだったから」
 その告白に、福島は目を丸くした。
「光忠も?」
「うん」
「本当に?」
「どうして疑うの?」
「意外に思っただけさ」
「そうかな」
 燭台切は小鍋の中身をくつくつと音を立てるまで温めると、マグカップに移した。
 はい。そう台に出されたのは白い液体だった。
「これはなんだい」
「ホットミルクだよ。温めた牛乳に砂糖とバニラエッセンスが入れてあるんだ」
「へえ」
「牛乳は苦手だったかな」
「いや、たぶん大丈夫だと思う。ありがとう」
「どういたしまして」
 福島はそっとマグカップを持つと、ホットミルクを一口飲む。優しい甘さと、バニラの香り。これはいいね。福島は顔を明るくする。
「美味しいよ」
「良かった」
 それにしても。燭台切は口にする。
「あなたも、ホットミルクが好きなんだね」
「ん?」
「いや、何でもないよ」
 ただ、そう思い出しただけ。燭台切の言葉に、福島は首を傾げた。
 特に話すこともなく。静かにホットミルクを飲む。気まずさはないが、体を温めると、眠くなってきた。ふあと福島が欠伸をすると、眠たいかいと声をかけてくれる。こくんと頷くと、じゃあ歯磨きして寝てねと燭台切の優しい声がしたのだった。

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