燭台切+福島/夜


 夜の長船部屋。皆は寝てるだろうか。燭台切がそっと戸を引くと、謙信は布団の上で丸くなってうつらうつらとしていて、隣で小豆が既に眠っている。小竜と大般若は遠征なので、いない。残る福島が文机で花の図鑑で勉強していた。燭台切に気がついた謙信が、おかえりなんだぞと目を擦りながら言った。
「謙信くん、眠いなら寝てて良かったのに」
「あいさつは、だいじなんだぞ」
「小豆くんは寝てるよ」
「あつきはいいのだ」
 あしたはやいらしいから。そうして布団に潜った謙信に、燭台切は苦笑しながらおやすみと告げた。
 福島がそこで顔を上げて、ようやく燭台切が長船部屋に帰ってきたことに気がついたらしかった。
「おかえり、光忠」
「ただいま。あなたは勉強?」
「うん。知らない花が多くてね」
 今日も万屋街まで行って花屋に顔を出したんだ。
 数々の本丸と繋がるだけあって、万屋街には季節というものがない。区域によっては季節があるらしいが、燭台切はまだ行ったことがない。この刀と街を散策するのも楽しそうだ。燭台切は、ふっと思う。
 そんな思考は露知らず。幾多もの季節の花が揃っていたんだよと、福島は嬉しそうにする。
「本丸で花を育てたいやつも、そのうち来るだろうから、その時に助けにもなりたいし」
「ふうん」
「光忠は好きな花とかあるかい?」
「特にはないかな。でも華やかでいいよね」
 燭台切の返事に、福島は満足そうに笑む。そうして時計で時間を確認してから、早く寝た方がいいかと図鑑を閉じた。
 そうしていそいそと布団に入るので、燭台切も寝る支度を済ませる。
 部屋の電気を消して布団に入る。燭台切は一番廊下に近い場所が定位置だった。その隣では福島が目を閉じていた。謙信と小豆は静かに寝ている。二振り分の、上下する上掛け布団。燭台切はじっと隣の布団を見た。
 ねえ、声をかけた。
「眠れないの」
 その言葉に、ぱちんと目が開く。赤い目が、天井を見ていた。そして、ゆるりと頭が動く。目と目があった。
「寝付きが悪いだけさ」
「いつもそうしてるのかい」
「そう?」
「目を閉じて、じっとしてるの?」
「まあ、そうだな」
 眠るにはそうするといいんだろう。福島の不思議そうな声に、教育係からそう教わったんだねと燭台切は息を吐いた。全く、彼の教育係は誰だったか。
「眠くなる前に布団に入ると、寝付きが悪くなる場合があるよ」
「そうなのかい?」
 初めて知った。福島の驚いた声に、まあ初めてだろうねと燭台切は告げる。
「あまり眠れそうにないなら、布団から出て、散歩でもしておいで」
「いや、それなら勉強がしたいかな」
「じゃあ、それでもいいよ」
「でも、光忠たちの睡眠の邪魔になるだろう」
「あなたが邪魔になる筈が無いじゃない」
「そうかい?」
「うん」
 だったら、少しだけ夜ふかししてしまおうかな。福島の眉が下がる。燭台切はおやすみと目を閉じた。文机に光が灯る。閉じた目の向こう、うっすらとした灯りと気配に、燭台切は何故だかとても安心したのだった。

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