燭台切+福島/ひとによる/小豆さんがとても喋ります


 暗闇がある。夜の闇、分厚い雲が漂う夜は、星の光すら届かない。そんな夜に、福島はコトコトと歩いていた。
 眠れなかった。ぱちんと目を開いて、新人用の仮部屋から抜け出して、本丸屋敷を歩く。どこかで酒盛りの音がするが、どこからかは分からない。号ちゃんに会えるだろうか。一瞬考えて、彼が遠征中だと思い出した。残念だ。
 気配を求めて厨に辿り着くと、甘い匂いがした。おや、そう顔を上げたのは小豆長光だった。
「福島さん、どうしたんだい」
「何だか眠れなくてね。こんな夜に何を作ってるんだい」
「くっきーのしこみだよ。あいすぼっくすくっきーの、ね」
「あいすぼっくすくっきー?」
「れいとうしておいて、たべるときにきってやくんだよ。あすはいそがしいから」
「忙しいのかい」
「しゅつじんのよていがあってね。福島さんはなにかのむかい」
「水を少し、もらえるかな」
「みずでいいのかい。かじつすいもあるよ」
「水かな」
「うん。わかったのだ」
 小豆が冷蔵庫から水差しを取り出して、コップに注ぐ。こぽこぽという音がする。福島は厨を見渡した。気配に満ちた、明るいそこは、生活の中心である。人も刀も、肉の器を得たら変わらないな。福島は苦笑が漏れた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「こういうときに燭台切さんがいたら、きのきいたことができるのだけど」
「光忠が?」
「いまは、やけいだよ」
「夜警」
 ぱちぱちと福島が瞬きをする。そうだよと小豆は言った。
「たちだけどね、さにわからそれだけしんらいされてるのだ」
「ははあ、成る程ね」
「あいにいくかい」
「仕事なら、止めておこう」
「けんめいだね」
 でも、きたみたいなのだ。小豆の言葉に、福島がぽかんとする。トントン、足音。やあ、そんな声がした。
「こんばんは、二振りとも」
「こんばんは、燭台切さん」
「こんばんは、光忠。夜警なんじゃないのかい」
「交代したんだ。もう寝ていいって」
 僕にも水を少しもらえるかな。燭台切の言葉に、小豆がもちろんと水差しを取り出した。
「夜警は交代制なんだね」
「うん。まあ、滅多に異常はないから、殆どが主くんの話し相手さ」
「審神者の?」
「そう。夜遅くまで書類仕事があることが多くてね。この本丸はいくつかの本丸の師匠でもあるから」
「弟子がいるんだ」
「そういうこと」
 そこで小豆が水の入ったコップを燭台切に渡した。
 水を飲むと、燭台切が福島を部屋まで送るよと言う。小豆がそれはたすかるねと微笑む。福島は、そこまでしなくともと首を傾げた。
「迷いやすいからね」
「そうなのかい?」
「本丸は広いから」
 あと、新人は肉の器に慣れてなくて、無茶をしがちだから。燭台切の憂いに、福島はよく分からないなと不思議に思った。肉の器というのは、大変なんだよ。燭台切は笑む。
「休むのも仕事のうちだからね」
「休むのも?」
「疲労というだけじゃないよ。肉の器は色々と大変なんだ」
 じゃあ行こうか。燭台切が福島の手からコップを引き抜いた。それを机に置くと、小豆におやすみと告げて、福島の手を引く。福島も、小豆におやすみと言った。引っ張られるままに暗い廊下を歩く。新人部屋に行くのだろうとついていくと、しばらく歩いてここだよと立ち止まった。
 本丸屋敷にある、刀たちの居住地。城にある、審神者の執務室が近い新人部屋とは違った。
「ここが僕の部屋」
「光忠の?」
 そうだよ。燭台切は目を細めた。
「そのうち、あなたもここに住むんだ」
「俺は、光忠と同室になるのかい」
「同じ刀派だから、そうなるね」
「ふうん」
 入るかい。問われて、それは失礼だろうと福島は遠慮した。
「いくら同じ刀派だからって、まだ正式に同室でもないのに」
「そうだね」
「光忠?」
 少し、と燭台切は口にした。
「少しさみしくなっただけだよ」
 主くんと話すと、どうも人に引っ張られる。
 燭台切のその言葉に、福島はばちんと瞬きをした。
「光忠が、」
「うん」
「光忠が許すなら、俺は部屋に入ってもいいのかい」
「許すも何も、いずれは同じ部屋に住むんだよ」
「違う。今の話だから、その、光忠がさみしいのは、俺も嫌だな」
 何とかして言葉にすると、燭台切は驚いたように目を見開いた。福島は空いている手で、わしわしと燭台切の頭を撫でた。
「大丈夫、お兄ちゃんはここに居る」
 ね、だからさみしかったら幾らでも一緒にいるさ。そんな言葉に、燭台切は目尻を垂らした。
「じゃあ、今晩は泊まっていくといいよ」
「そうさせてもらおうかな」
「なかなか寝付けなかったらごめんね」
「いいよ、付き合う」
「ありがとう」
 嬉しいな。そんな甘えた声に、福島はこれも兄のつとめだと笑った。

- ナノ -