燭台切+福島/最大の親愛をあなたに/個体差注意。燭台切さんの内側を好き勝手書いてます。


 数多もの記憶を背負って生きている。

 夏の景趣、縁側の奥。蝉時雨と風鈴の音色を聴きながら、人通りの少ないそこで、僕は休んでいる。
 こうして一振りでいると考えることがある。
 刀剣男士は生きているのか。生きるとは何か。死ではなく、その最期は破壊となる刀剣男士は、生物なのか。
 何も分からない。分かりたくもない。唯、目の前の事象だけが全てである。
 足音がした。
「光忠」
 柔らかな声がする。愛おしいと、包み隠さぬ声がする。ああ、あたたかいな。伏せた目の奥が、つんと痛んだ。涙が落ちる。それを柔らかく拭ってもらえる。役得だね。そう言いたかった。言ったら、認めたことになる。言えなかった。だって、僕らは刀だから。人間とは違うから。
「光忠、難しく考えなくていいんだ」
 俺達は刀で、家族で、兄弟だから。そう告げる声がどこまでも優しくて、胸が詰まる。どうして、そこまで言ってくれるんだろう。ただ、あなたは兄だと名乗った。それだけなのに。
 焼けた僕らに、共有する記憶だって、少ないというのに。
「光忠は、家族に必要なものがあると、思うのかい」
 そりゃそうだろう。家族になるには、人間だって苦労する。家族とは親がいることじゃない。血の繋がった兄弟姉妹がいることじゃない。苗字が同じだからではない。家族とは、双方の歩み寄りと理解があってこその、成果である。
 ただ、同じ血だけが、なんて、いいわけがない。
 だから、刀として出身が同じだから家族なんだとは、胸を張って言えはしない。そう思うようになっていた。
「生まれだけを由としないのは、賛成さ。でもね、それでも俺は」
 家族だって言いたいな。そんな声が、切なくて、苦しくて。この刀も、悩んでいると知ったら、途端に怖いものはなくなった。
 きっと他の刀も同じなのだ。だから、迷うし、望むし、親しみを込めて名乗るのだ。ああ何だ。難しいことはひとつもなかった。それが、正解か、何て知らないけれど。
 目の奥が、胸の内側が、脳に似た器官が、さあ目覚めよと高らかに叫ぶ。午睡、微睡みは、もう明けていいのだから。
「光忠、俺達は兄弟だ」
 ぽたり、涙。泣いてる。
 ゆっくりと目を開くと、彼が泣きながら笑っていた。そっと手を伸ばし、涙を拭う。格好悪いな。そうぼやくあなたに、僕は言うのだ。
「あなたも光忠でしょう」
 それが最大の、僕からの親愛だった。

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