燭台切+福島/遠いあなたをおもう


 笛の音。

 春の庭、木漏れ日の中で、獅子王が笛を奏でている。横笛の音色に、近くに立つ今剣が体を揺らして聴いている。五虎退の虎が鵺と寄り添って静かにしていた。そこへ通りかかった福島は、あの刀は笛が吹けるのかと驚いた。
「元の主が笛が奏でられた気がするからって、獅子王くんは励起してから頑張ったんだよ」
 思考を読むように、隣を歩く燭台切が言う。元の主が、ね。福島はぼやいた。桜の花弁がひらひらと春の景趣で舞う。今日は福島が肉の器を得て以来の、暖かな日だった。
「彼も雅な生まれだね」
 ふと、口にする。燭台切がこくんと頷いた。
「そうだよ。普段は気さくに振る舞ってるけどね」
 親しみやすいから、つい彼の来歴を忘れてしまうな。福島はそう苦笑してから、もしかしてと口にした。
「光忠が料理を頑張るのも、元の主の影響かい」
「光忠はあなたもでしょう。その点は、そうかもね。でも、一番は、励起してすぐに主くんがご飯を食べさせてくれたからかな」
「ああ、俺も食べたね。美味しかった」
「そうだよね。ここの本丸は、励起してすぐに、主くんのお手製のご飯を食べながら、本丸生活の説明を受けるから」
「審神者も、料理好きなんだ」
「昔は、よく恋人にご飯を作ってあげてたんだって」
「昔というと、今はどうしてるんだい?」
「その人と結婚したよ。今は別々に本丸を持ってるから、別居してるね。週末は、どちらか片方の本丸に行って生活してるんだよ」
「だからこの本丸は週末が休日なのか」
「その通り」
 僕にとってはね。燭台切は言う。
「ご飯は相手への最大限のもてなしだし、優しくって、愛おしいもの。そう教えてくれたのが主くんさ」
 幸せそうな燭台切に、福島はそりゃあと口にした。
「何だかすごいね」
「主くんだからね」
「そういうものか」
「うん、そういうもの」
 そして、あなたもそういうもの、あるでしょう。燭台切の言葉に、福島は暫し考えてから、花のことかいと首を傾げた。
「確かに、俺にとって花は、優しくて温かいものだけど」
「その気持ちが大切なんだよ。主くんの部屋に毎日花を飾ってるじゃないか。それに、花壇や花畑の手入れまで」
「好きでやらせてもらってるのさ」
「でも、主くんも本丸の刀たちも花はいいって喜んでるよ」
「光忠も、喜んでるかい」
「勿論」
 それなら、いいや。福島が嬉しくて思わず破顔すると、燭台切は優しい顔をして、さてはて今日のおやつは何を作ろうかと相談し始めたのだった。

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