燭台切+福島中心/夢百年、白いユリが咲く/花園図書室本丸の鶯丸が出演


 初めて見る夢。

 そっと、深く、深く息をする。夜の闇の中、彼が眠っている。あなたはどうして兄がいいの。燭台切は問えない。問うことは叶わない。彼は、どこにいるのだろう。所在の不明瞭が、燭台切の鍔をガタガタと震わせた。
 眠っている。彼はただ、眠っている。

 夜の厨。夜に仕事のある刀たちへ、軽食を用意していると、ふらりとその槍がやって来た。
「よう」
「やあ、日本号さん。お酒かな?」
「あー、それはいい。夜勤でな」
「槍なのに?」
 珍しいね。燭台切の不思議そうな声に、たまたま通りかかったんだと日本号は言う。
「審神者が、何かは知らねえが、今晩は寝るわけにはいかないってことで、お目付け役だぜ」
「豪華なお目付け役だね」
「ったく、本当にな」
 日本号は水差しを淡々と用意しながら、そういやと口にする。
「あいつは元気か」
「福島光忠のことなら、日本号さんの方が詳しいよ」
「いや、此処じゃあまだあんまり会えてねえな」
「まあ、励起したの、数日前だもんね」
「そういうこった。俺は連隊戦の練度上げに駆り出されてる。お前の方が詳しい」
「そうかもね」
「で、どうだ」
「どうも何も、普通じゃないの?」
 酷い疲れや、霊力の不具合は見えない。燭台切の言葉に、そうじゃないと日本号は言った。
「夢を、見やしねえか」
「夢? どういうこと?」
 燭台切の問いかけに、日本号は俺も詳しくないがと前置きして続けた。
「あいつ、花を審神者の執務室に生けてるだろ」
「そうらしいね」
「その花を見て、審神者が何かを気にして、心配してんだ。で、何度も数値とかを確認しても不具合はない。花の水を交換する時にそれとなく聞いても、はぐらかされる。で、審神者が一番最初に違和感があるとしたらって言い出したのが、夢だ。所謂、悪夢だな。そういうのを見てんじゃねえかと」
「悪夢、ね」
 そればかりは分からない。燭台切がハッキリと言うと、だよなあと日本号は息を吐いた。
 ひとまず配置に戻ると、日本号は厨から立ち去った。それを見送って、燭台切は考える。
 悪夢を見ている。真逆ね。燭台切は頭を振る。
 日本号には言わなかったが、ここのところ、燭台切は夢を見ていた。夢の逸話がある姫鶴に質問したが、燭台切の夢は個刃的なものだろうと推定された。
 だから、報告はしていない。個刃のものなら、同室の福島に影響はないはずだ。
 だが、夢に見るのは、眠る福島の姿だった。

 夜の闇の中、うっすらと揺らぐ視界に、眠る福島ただ一振り。夢は進まない。戻らない。蚊取り線香のぷうんとしたにおいが、花を掠めた。冬なのに、夢の中は夏の気配がした。

「例えばだ」
 どこかの鶯丸が言う。
「例えば、燭台切が本当にその夢を重要視していないとして。それは夢の効果に関係するのか。否、関係しない。夢はいつも滞りなく進むものだからな」
「ならば、何故、福島は周囲に違和感を与えるのか。日本号はなんと言った? そう、花だ」
「彼は花を選んだ。選んだのは、白いユリだった」
「その花は何の為にある? 主の部屋にあるのなら、主のためか」
「否。主は不安がっている。物の全て(タマシイ)を呼び起こす審神者が、だ」
「つまるところ、その花は」
 続きは?

 夢を見た。福島の目がうっすらと開く。
「もう、死ぬよ」
 そうか、死ぬのか。本当に死ぬのか。
「うん。だって、死ぬからね」
 肌は瑞々しく、目は遠くを見ている。ねえ、本当に死ぬというの。
「俺が死んだら、埋めてくれるか」
 埋める? どこに?
「真珠貝で穴を掘って、星の欠片を目印にしてほしい」
 そう、それは大変そうだね。
「待てるか」
 幾らでも。僕らは半永久的であり、人間の思いは永遠だから。
「百年、待ってくれ」
 そんなものは、直ぐだよ。
「百年、経ったら、会いに来るよ」
 そう。
「だから、おやすみ」
 また今度、百年後に。

 そうして。

 怪異。

「『夢十夜』の、ユリの怪異だな」
 ぱたん。本が閉じられる。他所の本丸の鶯丸が座っていた。光忠二振りの部屋。燭台切が顔を上げると、彼は月を背に、にこりと笑った。
「怪異は回収させてもらった。もう夢は見ないだろう」
「どういうこと」
「今回の怪異の回収は、夢が一定の時間とチャネルした瞬間を捉える必要があった。その為に、お前の処の福島に力を借りたんだ」
「僕に、怪異が?」
「そうだ。全く気がつかなかったのか?」
「全く」
「そうか。だが、こちらは回収した。夢はもう見ない。なあ、燭台切」
「なに?」
「お前の処の福島に挨拶した方がいい。そら、目覚めるぞ」
 鶯丸の傍ら、そっと眠っていた福島が目を開いた。赤い目が天井を見てから、ゆっくりと燭台切を見る。
「ああ、光忠。良かった」
 そう、力を抜いて笑うので、燭台切はゆっくりと答えた。
「百年、経ったのかな」
 そうかもしれない。福島は静かに返事をしたのだった。

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