五虎退+獅子王/おかあさん


 おおかみさんはやぎさんにころされてしまいました。

 これ知ってるか。そう言って獅子王は五虎退に絵本を差し出した。その絵本の題名を見て、一度いち兄に読んでもらったことがありますと五虎退が答えると、なら読んでくれよと獅子王は明るく笑った。どうやら、誰かに絵本を読んでもらいたい気持ちらしい。五虎退はそう思い当たったようで、しばらく考えた後に、あまり上手にお話し出来ませんがと前置きをしてから頷いた。

 オオカミと七匹の子ヤギ。ヤギのお母さんが出掛けてお留守番。オオカミさんがやって来て、子ヤギを騙して食べちゃった。だけどオオカミさんたらぐうすか寝ちゃって、そこにお母さんが帰って来たのよ。お母さんは裁ちバサミを持ってね、オオカミさんの腹を切って子ヤギを助けたの。お母さんは仕返しにオオカミさんの腹に石を詰めてこっそり隠れたわ。しばらくしてオオカミさんは起きたら喉が渇いて渇いて仕方なくて、井戸に落っこちちゃった。

「ヤギって怖えな」
「そんなこと、ないです」
 仕返しですからと五虎退が言うと、そうだなあと獅子王は頷いた。
「悪いことされた報復だもんな」
「子ヤギさんが死んじゃうところでしたから」
「でも死ななかったじゃねーか」
「それでもお母さんは怒りが収まらなかったんですよ」
 きっとそうですと五虎退が控えめに笑うと、そっかあと獅子王は目を伏せた。
「母親っての、未だわかんねーや」
 俺たちに母親は居ないからと獅子王が言うと、そうですねと五虎退は言った。
「それでも、色んなお母さんを見てきました」
「あ、俺もそうかも」
 なあ鵺、と獅子王は子虎と遊んでいた鵺に話しかけた。鵺は獅子王をちらりと見ると、すぐに五虎退の虎達と遊ぶのを再開した。五虎退が不思議そうに獅子王を見ると、獅子王は笑った。
「鵺はじっちゃんの母さんかもしれねえんだ」
「そうなんですか。だから、面倒見が良いんでしょうか」
 そうかもなあと獅子王は微笑み、鵺と子虎達を見る。五虎退はその姿を見つめてから、同じように鵺達を見つめた。じゃれて遊ぶ六匹に、五虎退も自然と笑顔になる。
 なあ、と獅子王は言った。
「母親ってのはわかんねえけど、その絵本はまあ、悪くねえな」
 五虎退はどう思うと問いかけられて、五虎退はそうですねと苦笑した。
「ちょっと怖いけど、嫌いじゃないです」
 だよなあと獅子王は同意して、他にも絵本を読んでくれよと本を探しに部屋を出て行った。五虎退の返事を聞かずに行ってしまった獅子王に、五虎退はふと彼はまだ顕現したばかりだったと思い出したのだった。

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