燭台切+福島/花の香と愛のささやき


 花の香。柔らかなそれを、まとう。
「福島さんはいつもいいにおいがします」
 スンスンと鼻を鳴らす秋田に、そうかなと福島は首を傾げた。
 真昼の本丸長屋の、一階奥。椅子が置かれたそこで、福島は花壇の計画書を書いていた。秋田はそんな福島の隣で、折り紙を折っていた。
「外のお花の匂いがします」
「そうなのかい?」
「自分では分かりませんか?」
「うん。悪いにおいじゃないなら、いいんだけど」
「とても安心する匂いです! 僕は好きです」
「そう。良かった」
 折り紙を折り終えると、秋田は主君に届けてきますとたったか走って行った。福島は転ばないようにと声をかけてから、計画書に向き合った。
 四季折々、花がいつも咲くように順番を確認していると、ここにいたんだなと声をかけられた。鶴丸だった。
「鶴丸さん、どうしたんだい?」
「ほら、外を見てみるといいぜ」
「外?」
 よっと窓から外を見ると、洗濯物を干している燭台切と太鼓鐘がひらひらと手を振ってくれた。大倶利伽羅は近くの木陰で獅子王の鵺と昼寝をしているらしい。
 手を振り返すと、鶴丸はまあ何だと言った。
「たまには休めばいい」
「充分に疲労は回復しているよ」
「数値では測れないものもあるぜ」
「そうなのかい?」
「休むことも刀剣男士の仕事のうちさ」
 鶴丸はそう言うと、ところでと口にした。
「きみ、良い匂いがするな」
「さっき秋田くんにも言われたよ。気になるかい?」
「いや、むしろ心地良いさ」
 血と泥と硝煙の臭いより、ずっといい。そんな言葉に、福島は、物騒だねとくすくす笑った。

 計画書を書き終えて、筆記具を片付ける。外では洗濯物を取り込んでいた。さてはて、休むことも仕事のうち、と言われたが、どう休んだものか。福島は頭を捻る。特に解決策は浮かばない。
 そこへ、やあと声をかけられた。振り返れば、燭台切が窓辺にやって来ていた。
「光忠。洗濯物はいいのかい?」
「うん。あなたは計画書を書いてるの?」
「花壇の、ね。光忠は見たい花とかあるかい?」
「僕は特には。あなたの選んだ花が一番だよ」
「そうかい?」
 首を傾げた福島に、燭台切はクスクス笑った。
「深く考えなくていいんだよ。あなたがあなたらしく在れば、主くんも僕も嬉しいから」
「それは、」
「愛されてるでしょう」
「そうらしいね」
 敵わないな。福島が呟いたあとに続けて、勿論だけれどと口にする。
「俺だって、光忠や審神者が喜ぶと嬉しいからな」
「知ってるよ」
「そう、なのか」
 むむむと不満そうな福島に、燭台切はいいんだと笑う。
「やっと来た家族の幸せぐらい願ったっていいでしょう」
「そうか」
 燭台切がはっきりと口にしたそれに、福島は綻ぶように笑う。ふわり、花の香。燭台切はあれ、と目を見開いた。
「香水とかつけてる?」
「いいや、何も」
「そう。じゃあ、朝に花壇へ行った?」
「早朝に、かな。その後はすぐここで計画書を書いてたけれど」
「やっぱり。花の匂いがする。薔薇かな?」
「ああ、香水用の薔薇摘みをしたからかな」
「香水を作るの?」
「本丸で花を摘んで、その花を業者に頼んだんだ」
「へえ」
 出来上がるのが楽しみだね。燭台切の言葉に、そうだなと福島は蕩けるように笑ったのだった。

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