燭台切+福島/やさしい痛み/乱もいます


 本丸の裏山、半野生の花畑。じっくりと花を観察する福島の隣で、乱がねえねと口にした。
「福島さんって燭台切さんが好きだよね」
「福ちゃんでいいよ。兄弟だからね、好きさ」
「ええっと、福ちゃんのこと、燭台切さんからあんまり聞かないけど」
「俺もそう話した覚えはないよ?」
「あ、そっか。でも、うーん」
 乱が摘んだ野生の花を手に、ううむと唸る。
「ふたりは、ボクが知る兄弟とは、全然違うように見えるよ」
「そうかい?」
「うん。だって、友達の仲良し、とはちょっと違うし、福ちゃんは兄だって言うけど、燭台切さんは兄とは呼ばないし」
「そうだね」
「ボクらといち兄とは全然違うよね」
「あまり、詳しくはないけど」
 福島はやんわりと答えた。
「兄弟の形は、ひとつではない、だろう?」
 それはそうだろうけどさ。乱はどこか不満そうだ。福島は花を揃えたら帰ろうかと笑っていた。

 木漏れ日の中を歩く。春の日、穏やかな陽射しと、動物や虫の囁きが耳に届く。いい日だね。乱が嬉しそうにした。福島はそうだねと、はしゃぐ乱を止めはしなかった。
「きっとあるじさんたち、喜んでくれるよ」
「そうだといいね」
「福ちゃんは楽しい?」
「うん。花を愛でるのは楽しいよ」
「そうだよね!」
 乱はくるくると回るように歩く。まるで踊っているかのようなそれを、福島は目を細めて眩しそうに見ていた。

 本丸に着くと、花を各所に飾る。希望した物の部屋や、玄関、なにより審神者の執務室に、と。福島と乱が回っていると、すぐに夕飯となる。
 夕食をとろうとすると、乱が福島を呼んだ。彼からの誘いで、福島は粟田口の卓にお邪魔する。賑やかなそこで、裏山の情報交換や、本丸では何があったか、果てには出陣のことまでと、話題は尽きなかった。

 そうこうしていると、夕食を終えた。福島が大風呂に向かおうとすると、ねえねと乱が声をかけてきた。
「どうしたんだい?」
「あのね、お風呂使っていいって」
「うん?」
「小風呂っていうのかな? 小さい方のお風呂、入ってるときは入浴中の札を使えばいいから」
 古傷があるんでしょう。乱は心配そうだった。よく気が回る刀だ。福島は眉を下げた。
「いいのかな」
「うん。怪我がある刀とかは、あんまり皆と入りたくないみたいだから、あるじさんが手配してるの」
「ありがたいね」
「うん。本当に」
 小さなお風呂を使わせてもらおうかな。福島が言うと、乱はうんうんと頷いていた。

 風呂に向かう。入浴中の札はかけられて無く、ひとの気配は無い。入浴中の札を掛けて、戸を開いた。
 淡い青色をした巨大な壺のような、一人か二人程度が入れる湯船。体をよく洗ってから、福島は湯に浸った。たまに痛む古傷は、格好の良いものではないと、福島は思っている。これもまた、己の歴史ではあるが、それはそれ、これはこれである。
 しっかりと温まると、体を拭い、風呂を出る。入浴中の札を外して、部屋に戻った。花の図鑑を見よう。最近の寝る前のルーチンワークになっていた。

 部屋に戻ると、おかえりと燭台切が声をかけてくれた。福島は同派の燭台切と同室だ。この本丸では二振りから四振りの相部屋が基本となっており、限定的に粟田口だけが大部屋を使っていた。
「じゃあ、僕、明日早いから先に寝るね」
「うん? 早いのかい?」
「朝から遠征なんだって」
「それは大変だ」
 気をつけてね。福島が言うと、あなたこそ寝坊なんて格好悪いことはしないでねと燭台切はクスクス笑った。
 布団に横になった燭台切のために、部屋の灯りを落とした。手元の本だけ見えるようにランプをつける。その灯りを調整し終えると、ふっと思った。
「光忠は兄弟らしくありたいかい」
 燭台切はすぐには答えなかった。間を置いて、彼の目が福島を捉える。福島は花の図鑑を手にしていた。
 真っ直ぐに、でもどこか遠くを見るような。そんな、燭台切の目だった。福島はゆったりと燭台切を見る。赤い目と黄色の目が、ランプの灯りで仄かに照らされた部屋の中で交錯する。
「あなたは光忠なんでしょう」
 それだけが真実なのだ。そんな言葉に、福島はそうだったねと微笑んだ。たとえ、二振りが兄弟らしくなくとも、家族にしては歪だとしても、光忠に変わりはない。
「野暮なことを聞いたね」
 おやすみ。そう微笑む福島に、燭台切は続けた。
「でも、あなたが望むなら、僕らは兄弟らしく在ったっていいんだよ」
 それこそ、野暮じゃないか。福島がクスクスと笑う。そうでしょう。燭台切はそう言って、おやすみと眠った。
 朧月夜。静かな春の夜に、小さな相部屋で、福島はただ、二振りの在り方を受け止めていた。

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