燭台切+福島/桜並木


 暖かなまどろみの中。普段は忙しく動き回る燭台切が、ひと気の無い縁側でうつらうつらとしていた。太鼓鐘たちが掛けたらしいタオルケットが、鮮やかな緑色だった。
「光忠、こんなところで寝ると風邪ひくよ」
 一応、声をかける。冬を越した、春の日。風は少し寒い。
 ふわ、と桜が散る。吹き上げるような風が吹くと、ぶわりと花弁が舞う。花吹雪だ。綺麗だなと、福島は桜並木を見る。普段、刀が寄り付かない別棟にあるこの縁側からは、別棟と本棟を繋ぐ道の桜並木が見える。
 桜並木の手入れもしたい。福島は、樹木の知識こそないが、情熱はある。できることを探そうと改めて考えた。
 そうしていると、はしっと手を掴まれた。あれ、と振り返る。燭台切が手を掴んでいた。ぱちぱちと、燭台切が瞬きをする。どうしたの、福島が問うと、燭台切は歯切れ悪く呟いた。
「消える、のかと」
「俺が?」
「桜の下には、死体が埋まってる、から」
「それは、そうらしいね」
「夢見が、悪かったみたい」
「そう」
 福島は屈むと、燭台切の頭をすいと撫でた。
「大丈夫。ここに居るよ」
 怖い夢だって、大丈夫。そう微笑めば、燭台切はコクリと頷いて、またうつらうつらとし始めた。
 柔らかな春。陽射しは暖かいが、風は少し寒い。風邪をひくって言ったのにな。福島はまあいいかと燭台切の隣に座った。


・・・


 燭台切が起きると、福島が寝ていた。え、と目を見開き、じわじわと頬が熱くなる。しまった。燭台切は顔を手で覆った。福島の手を握る方の手は、離せないまま。ううと唸る。
「格好がつかないよ……」
 福島の前でこそ、光忠らしく居たかったのに。せめてと、自分に掛かっていた緑色のタオルケットを、福島の膝に掛ける。
 この別棟の縁側に、福島が来るとは思わなかった。それこそ、古株の物好きな刀ぐらいしか近寄らないのに。何故かと思っていると、福島から甘い匂いがした。この匂いは何だろう。だが、花だとは分かる。この別棟には物好きな刀が、山から持ってきた花を育てていたから、それを見に来たのかもしれない。
 桜並木がぞうぞうと揺れる。花吹雪が、福島の膝まで届いた。花弁が、福島を撫でた。
「ダメだよ」
 そう言って花弁をつまみ、落とす。あら、残念。そんな声が聞こえた気がして、燭台切は息を吐いた。
「好かれる刀だね」
 危うくて、美しい。こうして寝ている時は、儚いもので、不安になる。僕がどうこう言うものじゃないのに。そう思いつつも、福島の肩をぽんぽんと叩いた。
 ふわ、と目を開く。赤い目と黄色の目が交差した。
「おはよう」
「おはよう、光忠。寝てたみたいだ」
「そうだね」
 さて、そろそろ夕餉の支度かな。福島の言葉に、燭台切はそんな時間だねと応えた。
 ただ、手をもう少し繋いでいたくて、燭台切は自ら立ち上がれずにいたのだった。

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