姫鶴+小豆/いないいない、いない


 唯、当たり前のようにそこに居てほしかった。

 姫鶴が励起してからしばらく経った。すっかり本丸生活に慣れて、教育係の五虎退からも太鼓判を押された。部屋も新人部屋から、一人部屋に移った。この本丸では新人教育を終えた刀たちに一人部屋が与えられている。プライバシーがどうのこうのと、審神者と近侍の加州が言っていた。

 朝、目が覚める。早朝だった。朝餉までは時間がある。なにをしようか。姫鶴は朝の支度をしながら、ぼんやりと考えた。

 身支度を整えて、庭を歩く。一振りで本丸を散策するのは、初めてだ。いつも謙信や五虎退がついていてくれたのである。過保護だよ。姫鶴は思ったが、二振りの気遣いがあたたかくて、そのままにしていた。

 東屋の近くを通ると、ふわりと甘い香りがした。何だろう。中を覗くと、小豆がいた。生けられた花と、抹茶と、甘いお菓子が彼のそばにあった。くるり、振り返る。
「姫鶴かい?」
 どうしたんだい、こんなはやくに。小豆が驚くので、そっちこそと姫鶴は東屋に入った。
 内番服姿の小豆は、姫鶴にお菓子と抹茶を用意してくれた。多めに持ってきていたのだと、嬉しそうにしている。
「誰か待ってたの?」
「いや、そういうわけじゃないけれど。でも、ここにいると、だれかくるからね」
「邪魔だった?」
「ううん。うれしいよ」
 笑う小豆に、ふうんと姫鶴は菓子を食べる。甘い練切だった。小豆の手製だろう。口に入れた瞬間に分かった。姫鶴の舌によく合うからだ。
「つぎのかたなの、きょういくがかりに、えらばれたんだ」
 ぽつり、小豆が言う。へえ、姫鶴は瞬きをした。
「オメデト」
「ありがとう」
「あつきは優しいから合うんじゃね」
「そうかな」
「ん」
 誰を担当するんだろう。誰の担当でも、彼ならうまくやるだろう。姫鶴はどこか確信を得ていた。
「姫鶴も、じきにだれかのせんせいになるよ」
「先生?」
「ああ、きょういくがかりのこと。わたしはせんせいとよんでいるのだぞ」
「へえ。あつきの先生って誰なの」
「大包平さんだよ」
「ふうん。あの刀、なんだ」
「いがい、かな」
「まあね」
 でも、素直で良い性格なのは、同じ本丸で生活しているうちに分かった。大包平に、五虎退もよく懐いていたことだし。高圧的に見えて、実に正直者で真面目な刀だった。
「せんせいは、あいすることを、おしえてくれたのだ」
「愛すること?」
「うん。あたりまえの、にちじょうをあいすること、ひとをあいすること。あのかたなは、あいのかたなだったよ」
「わかんね」
「だろうね」
「でも、あつきが言うなら、そーなんだろね」
 ぱちり。小豆が瞬きをする。姫鶴は、抹茶を飲んだ。
「姫鶴にとって、わたしはなんなのかな」
「知りたい?」
「どちらでも」
「何それ」
 茶碗を置いて、あのねと姫鶴は告げた。
「加護を授けて、空に消えた。そういう刀」
 でしょう。姫鶴が笑むと、小豆は呆気にとられたような顔をしてから、ふわと笑った。
「そうかも、しれないね」

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