燭台切光忠+福島光忠/形語り/怪我の表現があります


 形ばかりが先を行く。

 夏。花を育てる。こつこつと手をかけただけ、美しく咲くのは、嬉しいものである。花を手折って、花束を。花のある生活は良いものだ。福島は心の底から思っている。
「おうい」
「あ、号ちゃん! どうしたの?」
 花を籠に、福島が振り返ると、日本号が難しい顔をしていた。落ち着いて聞けよ。そう前置きして、語る。
「燭台切が、重傷で帰ってきた」
 今は手入れ部屋にいる。手伝い札を使うには霊力が不安定だ。そんな言葉が並ぶ。福島は、唖然とした。だって、燭台切はこの本丸ではずっと先輩で、戦慣れしている。なのに、なのに。
「落ち着けよ」
「でも、号ちゃん、そんな」
「詳しいことはまだ審神者も聞き込んでねえ。手入れは数日かかる」
「手入れ部屋にいるんだよね?」
「面会謝絶だ。霊力が安定しないと何にもならねえ」
「そんな!」
 いいか、日本号が言う。
「兎に角、最も近い福島光忠のことを、審神者は心配してる。体調を整えておけって話だ」
「どういうこと?!」
「審神者は夢渡りさせたいのかもしれねえ」
「ゆめわたり? 俺、そんな逸話無いよ?」
「審神者の秘術だ。早期の原因究明に使えるかもしれねえからな」
「……そう」
 目を伏せた福島に、日本号は、早めに屋敷に戻れよと、花畑から去った。残った福島は花束を抱える。甘い香りが、肺に広がる。ほろり、涙が零れた。

 夜、福島は部屋にいた。体調を整えると言っても、できることは規則正しい生活ぐらいだ。寝る時間まではまだ少しある。本を開こうか、いやでも。
「福ちゃん、いるかい」
「きみは、亀甲くんかな?」
 そうだよ。亀甲が申し訳無さそうに立っていた。
「三日月たちが呼んでるよ」
「それって」
「うん。夢渡りの準備が整ったんだ」
 来てくれるかい。亀甲の言葉に、福島はこくりと頷いた。

 手入れ部屋。血の臭い。燭台切が布団に寝かされている。三日月が、来たかと、振り返った。
「結界内に入るといい」
「結界?」
「今、獅子王が昔の名で結界を獲得している。石切丸では縁が切れてしまうからな」
「獅子王くん……?」
 燭台切の布団の奥。部屋の上座で獅子王が丸くなって眠っている。その服はいつもの黒と金ではなく、純白の装束だった。
「お前さんが夢渡りするに、やることは一つ。燭台切と手を繋げばいい」
「それだけ?」
「それだけだ。お前たちの縁の深さなら、それだけでいい」
「縁の深い刀が他にいるのに、どうして」
「家族だからだろうなあ」
「家族、だから?」
 迷う暇はない。三日月は高らかに言う。
「夢渡りを決行せよ、とのことだ」
 審神者はそれだけを言っていたのだ。

 燭台切の隣に座る。そっと手を握る。冷たい手だった。だが、この手はきっととても優しい。そんな願いが、福島を意識の果てへと連れて行く。導くのは、白い装束。獅子王だろうか、それにしては。

 戦場だった。血と煙と土の臭い。死の臭いが充満する。燭台切はそこにいた。血に濡れて、右腕を負傷している。一振りで立っていた。他の刀たちはどうしたのか。
「光忠?」
 声をかけると、燭台切はそっとこちらに振り返る。その淀んだ目に、怯む。
「どうしたの、光忠」
 駆け寄る。血濡れの燭台切の頬を手で包んだ。
「汚れるよ」
「大丈夫。それより光忠、何があったの」
「あなたは、汚れてほしくない」
「同じ刀剣男士だから、血ぐらい平気だよ」
「駄目」
 燭台切はふわりと笑う。
「少し、疲れたんだ」
「そう」
「あなたは先に帰って。僕は後から帰るよ」
「駄目だ。光忠も一緒に帰ろう」
「僕は、」
「光忠、わかるかい」
 手を掴む。右腕は折れている。でも、掴む。
「どちらも光忠だ」
 そう、きみが言ったじゃないか。
 燭台切が目を見開く。そして、そうだねと目を細めた。
「少し、疲れたんだ」
「うん」
「この戦いは終わらない。でも、いつか終わる」
「そう」
「終末を考えたら、とても、尋常じゃいられない」
「そうだね」
「僕は、本丸の生活を愛してしまったんだ」
「そっか」
 それでも、いいよ。福島は言った。
「俺が許そう」
 長船派が祖、光忠が一振り。俺が許すんだ。何も問題ないよ。福島はそう笑った。燭台切はそっと笑みを返した。
「ねえ、あなたは」
「うん?」
「僕は、あなたを」
「なんだい?」
「……いいや、何でも無い」
 早く帰ろう、と燭台切は明るく行った。
 血と、煙と、土の、よどみ。刀はケガレに弱い。だから、こんな戦場からはさっさと帰るが吉だ。福島は何の疑問も無く、そう考えたのだった。

 燭台切が目覚めてから数日。手入れが終わった。手伝い札は燭台切が望まなかったのだ。
 花畑で福島は花を選定する。ぱちぱちと園芸鋏を動かしていると、よっと声をかけられた。振り返れば、白い装束の獅子王が立っていた。燭台切が手入れ部屋にいる間、ずっと結界を張っていたという彼は、しばらくは元に戻れないのだとか。あの名を得る前だ。獅子王は手短に説明してくれた。
「獅子王さん、どうしたんだい」
「内緒話があるんだけど、いいか?」
「どうぞ」
「燭台切とは会ったか?」
「同じ部屋だからね、会ったけれど」
「そっか。しばらく、燭台切の様子に気を配ってくれるか?」
「いいけれど、どうして?」
「うーんと、家族だから、かな?」
「ダウト」
 福島は園芸鋏を仕舞いながら言った。
「三日月さんの話も嘘だね」
「バレたか」
「そんなに俺に話したくない理由があるのかい?」
 だいたいね、福島は言う。
「縁というだけなら、伊達の刀のほうが深いだろう」
「そうだな」
「俺じゃないといけない理由があった。それも、俺に話したくないような理由が」
「……」
「これは憶測だけれど」
 福島はしっかと獅子王を見据える。白い装束の獅子王は凛と立っていた。
「光忠は誰と出陣したんだろう」
「……」
「あの夢には、誰もいなかった」
「……」
「敵の姿さえも、だ」
「……」
「そして、俺が一番適任だった、ならば」
「……」
「俺が折れた、かな」
 ぱちり。獅子王が瞬きをする。
「惜しいな!」
「惜しい?」
「燭台切は一振りで出陣した。そして、折れたは折れたけれど、それは味方じゃない」
「うん?」
「敵が福島光忠を語っていたんだ」
「は?」
 そう。獅子王は痛ましそうに眉を寄せた。
「燭台切は、福島にそっくりの敵を斬り伏せたんだ」
 息が詰まる。その衝撃は如何程かと、思う。燭台切は、ひとりで、それと向き合わねばならなかった。
「敵が刀剣男士を語ることはままあるんだ」
 今回は、福島の姿を真似ていた。それだけのこと。獅子王は言う。
「いつもなら、情報を共有する仲間がいる。今回は一振りだったからまずかった。どれだけ刀剣男士が屈強だとしても、味方に似た敵を折るのは苦労する」
「そう」
「しばらく燭台切は落ち込んでるだろうからさ、気にかけてやってくれよってこと。いいか?」
「勿論だよ」
 良かった。獅子王は安心したように息を吐くと、それじゃあ洗濯の手伝いがあるからと立ち去った。

 また、夏の夜。部屋にいると、同室の燭台切が戻ってきた。よく厨番を務める彼は、夜遅くにならないと部屋に戻れない。福島は花の図鑑を閉じて、おかえりと笑った。
「光忠、もう寝るかい」
「うん。そうするよ。あなたは?」
「俺も寝よう」
 布団を敷いて、福島は寝転がる。燭台切は明日の支度を整えて、布団に入ろうとした。
「ねえ、光忠」
「何だい?」
「おいで」
 両手を広げると、燭台切はきょとんとした。福島は、少しだけさと起き上がった。
「おいで、光忠」
「ええ?」
「いいから」
 燭台切が控えめに、福島の腕の中に身を寄せる。何方とも無く、とくとくと、心臓に似た器官が動いた。燭台切がゆっくりと体を強張らせる。福島はそっと抱きしめた。そして、燭台切は震えた。ぽたり、涙が、落ちる。
「生きてる?」
「うん。生きてるよ」
 それだけで良かった。燭台切は静かに泣いた。ただ、福島はその背を抱きしめていた。

 やがて、燭台切は泣き止むと、顔を上げた。福島が微笑めば、彼は言う。
「あなたも、光忠だ」
 知ってる。福島は唯、燭台切の体験を受け止めた。

 夏の夜は、感傷に浸るには優れないが、決して寒くはなかった。

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