燭台切光忠+福島光忠/キクとダリア/ちょっと特殊な本丸です/リリカルな話になります。なんもわからん。


 しとしとと、雨が降る。雪じゃないんだ。福島がぽつりと言ったのが、燭台切の記憶に残った。

 春。春告鳥が鳴く頃。燭台切は厨にいた。最近は遠征が立て込んでいて、なかなか厨に立てなかったが、少し余裕が出来たので、また立たせてもらえたのだ。
 春らしい滋味を。歌仙がそう言って、裏山に行った。道案内には、山に慣れた山伏が手を上げた。
「光忠」
 おはよう。通りかかった福島が微笑む。腕には春の花が抱かれている。玄関の花瓶に生けようと思って。そう言うので、それはいいねと燭台切は頷いた。そして、呼ばれた名を訂正したいと口にする。
「あなたも光忠だろうに」
「はは、それでも、さ」
 今日も、福島は燭台切を光忠と呼ぶ。

 雪じゃないんだ。そう言った福島は、穏やかだった。雪がいいの。そう問いかければ、いいやと首を振る。唯、雪ばかりだったからと言う。
「あなたは、」
「なあ、」
 蛇の目傘を知ってるかい。

 想い人に会えないのだという。この本丸の審神者は、まるで西洋の陶器の人形のような見目をした、少年だ。正しくは成年なのだろうが、その姿は少年から変化していない。よもつへぐい、が発生したのか。そう焦る刀たちに、審神者はこれは唯の呪いだよと云う。
 審神者はとある罪を重ねた罪人なのだという。政府からの目は厳しいし、仕事も多いし、報酬は些か少ない。それでも、刀たちへの給金や刀たちの生活だけは保証されていた。
 そんな審神者に、福島は励起してからこの方、毎日のように花を贈っている。玄関に、寝室に、客間に、畑の中に。花を咲かせては、審神者が笑むのを望んでいる。
 どうしてそんな事をするんだい。そう問いかける事ができない。本丸という檻の中を望んだ審神者と、福島には、何か、約束事があるのかもしれない。
 そもそも、この本丸に、福島の励起権は与えられない筈だった。それでも励起することができたのは、審神者曰く、燭台切の活躍あってこそ、らしい。嘘だろうな。燭台切は気がついている。だが、嘘だとして、本音が分からない。分からないのに問い詰めるのは、誰の為にもならない。
 只今。本丸がにわかに沸く。歌仙と山伏が山から戻ってきたのだ。春の滋味、一体何があったかな。燭台切は心が踊った。

 雨が降ると、見えないものが見えることがある。幻は、霧の中。雨は、異界の合図だ。蛇の目傘は、きっと、雨が欲しかった。
「光忠」
 福島が、雨を眺めて口にする。
「あなたも光忠だよ」
 答える。
「そうだね、でも……」
 そこから続く言葉を、燭台切はよく知っている。しとしと、雨が降る。音が地面で跳ねる。泥が広がる。水溜りは、よどみ、だ。
「蛇の目は雨が好きなんだ」
 彼は雨のカーテンの向こうを見ている。

 晴天の春。出陣部隊も帰ってきて、今日の仕事が終わろうとしている。厨番も、夕餉を終えれば仕事が終わる。せっせと歌仙たちと山菜などを調理していると、たったと聞き慣れない軽い足音がした。
「今のは」
「ああ、こんのすけかな」
 歌仙が口にする。あの足音は、昔はよく聞いたね、と。
 ぽつ、ぽつ。雨が降り始めた。

 夕立。福島が外を見ていた。厨の窓から気がついて、目を取られる。歌仙が、呼んでおいでと言う。
「でも、」
「こっちは大丈夫だよ。謙信と小豆も手伝いに来ると言っていたからね」
「それなら、少し行ってくるね」
 厨を出て、早足で福島の元に向かう。雨が強くなる。ぱっと、赤い和傘が視界の端をちらついた。

──かみさま さまさま さかささま
 蛇の目の呪い。

 走る。福島のいる軒下まで、もう少し。燭台切は身を乗り出した。
 福島が立っている。距離を置いたその前には、赤い和傘を持つ、少女が一人。
「っ駄目だよ!」
 燭台切が福島を掴む。福島は振り返る。その腕には白に黄色に赤の菊の花があった。少女は桃色の両眼を、真っ直ぐに向けたまま。燭台切がギッと睨むと、ふわりと笑った。
「光忠?」
「何があったの」
「特に何も無いよ」
「嘘」
 信じない燭台切に、福島は大丈夫だと口にした。
「あの子は、審神者に会いに来たんだ」
「え?」

 審神者がこの本丸を運営して早何十年だろう。罪はとっくに精算されたのだ。
「あの子は、それを伝えに来た」
 光忠二振りの部屋で、すっかり寝支度を整えた福島が朧月を見て言う。雨は上がっていた。
「そもそも、俺の励起権が与えられたんだから、審神者はとっくに気がついていただろうね」
「それでも、あの人は刀たちに何も言わなかった」
「認められなかったんだよ」
「どうしてだい?」
「それは、俺の口から言うものじゃないな」
 唯、呪いは解けたのだ。
「あの子が伝えに来たから、審神者は贖罪を認められたんだ」
「あの子は何者なんだい」
「モノノケの一種だよ。でも、政府の物だ」
「危なくはないの」
「それは大丈夫」
「なら、いいけれど」
 さあ、早く寝てしまおう。福島がふっと電灯を消す。白い布団に沈む福島に、ねえと口にした。
「あなたはどうして、ここに来たの」
「……さあ」
 可愛い兄弟に会いたかったのかな。福島がそんな風に応えるから、ああそうかいと、燭台切は布団に潜り込んだ。
 春の朧月夜は、少しだけ暖かった。


・・・


今回採用した花言葉
赤いキク→あなたを愛してます
白いキク→真実
黄色のキク→破れた恋
ダリア→華麗、優雅、気品、移り気、不安

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