姫鶴+小豆/異界巡り・下/姫鶴さんと小豆さんが別々の本丸個体です。おしまい!


 閉ざされた障子の向こう。きっとそこでは雪が降っている。
「みるかい」
 小豆が問いかける。姫鶴はやや迷ってから、こくりと頷いた。
 小豆が障子を僅かに開く。ひらり、ひらり、音がした気がした。雪が、降り積もり始めていた。
 時間はとっくに夜である。
 蛍光灯と火鉢の光に照らされた、小豆の伏しがちな顔の向こう。彼も雪が降り積もる様を見ていた。
「ここは、夢の国みたいだ」
 ぽつり。姫鶴は言う。
「どうして?」
「あつきがいて、雪まで降るから」
「ゆきがきにいったのかな」
「ん。静かなのに、眩しくて、賑やかでいい」
「そうかい?」
 きにいったならいいけれど。小豆はそう言って、すきなだけみているといいよと障子を開いたままにしてくれた。
 うっすらと積もりつつある雪の、化粧。庭の木々や、細々とした草花が白いヴェールを被る。
 小豆を見る。彼も雪を見ている。あんな物言いのわりには、雪が気に入っていると見えた。
「あつきは、どれだけ経ったの」
 この本丸に励起して、どれだけの月日を重ねたのか。
 そうだねと小豆は穏やかに言う。
「きみよりはながい、かな。いくつものきせつをみてきたよ」
「そう」
「そのなかでも、ふゆは、すきでね」
 小豆は綻ぶ様に笑う。
「あるじがくろねこだろう? ふゆはふゆげに、くろはしろいゆきによくにあう」
「そうかも」
「でも、いちばんは」
 すうっと、彼の目が蕩けるようだった。
「わたしはふゆに、ここにきたんだ」
 はじめて、にくのうつわをえたのさ。
 その時の感動を! 初めての痛みを! 目の前の小豆は忘れられないと言う。
「姫鶴にも、そのうちわかるかもしれないね」
「俺にも?」
「きみはわたしより、きっと、はやくしるよ」
 はじめての、たち、なんじゃないかな。
 小豆の指摘に、そうだよと姫鶴は肯定した。本丸の機密になるかもしれないが、それでも言わねばならない。姫鶴はしかと小豆を見た。
「俺は、あつきを迎えるから」
 だから、待ってて。姫鶴の言葉に、小豆はふふと笑った。
「わたしはこのほんまるの、あるじのかたなだよ」
 知っている。だけれど、言わなければ、ならない。姫鶴は傷口が熱く、燃えるような心地がした。
「俺は絶対に、あつきを迎え入れるから」
 そうしたら、雪を見せるよ。姫鶴の決心に、小豆は僅かに目を見開く。
 しんしんと雪が降る。ずっと雪深くなっていくらしい。小豆は障子を閉めて、よけいなものをせおわせてしまったのかなと、苦笑した。姫鶴はそんな事はないと、布団に潜り込んだ。
「寝る」
「うん。おやすみ」
「あつきも寝てね」
「きみのたいちょうしだいだよ」
 小豆の気配を感じながら、姫鶴は目を閉じた。睡魔はすぐにやって来て、穏やかに眠った。

 目を覚ます。陽の光が障子越しに、うっすらと射し込んでいる。おきたかな。小豆が立ち上がった。
「あさごはんをもってくるよ」
 たべたらきみをかえそう。
 寝ている間に帰しては、混乱してしまうかもしれない。そんな配慮らしい。障子が開く、きらきらと、積もった雪が輝いていた。

 朝食を食べて、門の前に立つ。きいっと門が開くと、ぱっと青い目が姫鶴を見た。
「姫鶴っ!」
「わ、けんけん?」
 小豆が姫鶴の背中を軽く押した。とんっと歩くと、時空を渡る感覚が肌を波打つ。振り返ると、小豆が穏やかに笑っていた。
 姫鶴は、言った。
「絶対にあつきと会うから!」
 だから、これで左様なら。姫鶴は前を向くと、自分の本丸へと飛び込んだ。

 初夏の匂いがする。肌を刺す冷たい空気はそこにはなかった。あの冬の名残りは、姫鶴の感覚のみにある。    
 初鍛刀の謙信が、姫鶴がかえってきてよかったぞと、涙を堪らえて立っている。この子のためにも、小豆を必ずや鍛刀してみせる。姫鶴はきゅっと傷だらけの手を握りしめた。
 あの本丸の小豆の"雪"を、あの本丸の小豆とは違って、皆で見るのだ、と姫鶴は強く強く思うのだった。




・・・

【おまけ】

姫鶴
・真新しい本丸の初太刀。
・ここの初鍛刀は謙信。
・景趣は夏だけ。
・この後、鍛刀に燃える。無事、冬になるまでに小豆を入手したとかなんとか。

小豆
・老齢の猫本丸の太刀。
・猫は喋る。黒猫。
・穏やかで家事が得意な個体。実は極。練度も充分にある。つよい。

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