姫鶴+小豆/異界巡り・上/姫鶴さんと小豆さんが別々の本丸個体です。続くかもしれない。


 透き通るような、空。

 落ちる。姫鶴は痛みを覚悟した。姫鶴、と叫ぶ謙信の声がした。落ちた先で遡行軍に襲われなければいいか。姫鶴は自分の不運を受け止めた。

 ドンッと落ちたのは運悪く地面だった。腕で庇ったことで、嫌な音がした。広がる痛みに、奥歯を噛みしめる。利き腕は守った。足も大丈夫。戦える。姫鶴は顔を上げた。
 は、と息を吐く。目の前の光景に、姫鶴は処理が追いつかなかった。
 本丸だ。本丸と屋敷がある。
 この時代の有力な氏族か。否、そんなものがここにあるはずがない。それに何より。
「きみは……」
 小豆が立っていた。

 内番着姿の小豆に抱えられて、姫鶴は屋敷に招き入れられた。道中で五月雨と村雲に会うと、小豆は、客人らしいと、審神者に伝えるように促した。
 客間に運ばれ、清潔な布団に寝かせられる。布団を用意したのは前田らしい。短刀の察しの良さを痛感した。
「さて、きみは?」
「俺は、姫鶴一文字。そっちは」
「小豆長光だよ。きおくはたしか、だね」
「でも、他の本丸に落ちるなんて」
「そうだね。たまたま"ざひょう"があってしまったのかな。いくさしょうぞくということは、せんとうちゅうだったかい」
「まあね。けんけん心配してるだろうな」
「謙信がどうぶたいだったか……うん。あのこはどこでもせおいがちだから」
 そこで、やあと審神者が現れた。
「猫」
「さにわのねこだよ」
「喋った」
「さにわだからね」
 審神者だという黒猫は、近侍の蜂須賀を書記に、サクサクと現状把握のために姫鶴に質問すると、必ずきみの本丸に帰そうと約束して去って行った。
 姫鶴としても、その会話で現状を把握した。
「ここは古い本丸なんだ」
「うん、そうらしいね」
「俺のとこは、新しいから」
「それはしんぱいだ」
「うん。審神者もまだ若いから、さ」
「こんらんしているかもしれないね。はやくかえれたらいいのだけど」
「帰るよ、必ず」
 その言葉に、小豆はふわりと笑うと、さてと立ち上がった。
「くずゆでももってこよう。さむいだろう?」
「え、別に」
「あのねえ、きみ、いまこのほんまるはふゆだよ」
「……ああ、そうっぽいね」
「それに、けがのてあてもしないとね」
 ちゃんとまってておくれ。小豆はそう言うと、部屋を出て行った。
 客間に残された姫鶴は天井を見上げる。年季の入った建物だ。
「こんにちは」
 戸口に立っていたのは白山だった。後ろには薬研の姿もある。
「重傷ですので、わたくしが力になれます」
「ってことだ。大将から許可は得てるぜ」
「ん、頼むよ」
「はい」
 すぐ隣に座った白山の両刃が、ほうっと光る。冷たい光だ。刀の光だ。姫鶴がぶるりと震えると、折れた腕と斬れた肉が修繕された。細かい傷や、打ち身は残っている。中傷になった筈です。白山が言う間に、薬研が湿布や包帯で手当てした。
「今日中に帰せるかはわからん。ここに居る間の世話役は小豆の旦那になった。初めにあの刀が見つけたんだ。縁があるんだろう」
「だろうね」
「では、わたくしはこれで」
「俺っちも行くぜ。ま、気軽に薬部屋にでも来てくれや」
 二振りが出て行くと、入れ違いに小豆がやって来る。暖かな葛湯の、仄かに甘い匂いがする。湯気と共にやって来た彼は、ちゅうしょうぐらいにはなったみたいだねと微笑む。
「おきあがれるかい」
「ん、いてて」
「ああ、てをかそう」
 小豆が葛湯を傍らに置いて、手を差し伸べてくれる。姫鶴は彼の手も借りて、起き上がった。
「ゆっくりおたべ」
「ん。あったかいね」
「すこしあついかな?」
「だいじょぶ」
 ちまちまと葛湯を食べる。全て平らげると、夕飯も食べれそうだねと小豆は嬉しそうにした。
「ああそうだ、ひばちをもってくるよ」
「火鉢?」
「このへやもくうちょうがあるけど、ふるいやしきだからね、ねんのために」
「そ」
「こんやはゆきがふるかもしれないから、あたたかくしないとね」
「雪が?」
「おや、きみはゆきをみたことがないのかな?」
「励起してからは、はじめて」
「そうか。それはすこし、もうしわけないな」
「なんで?」
「はじめてのたいけんは、あるじといっしょがいいだろう」
「別に」
 ああでも、若い審神者にとっては、重大なことかもしれない。姫鶴は主を思いながら、外を眺める。雪雲からはまだ、何も落ちてこない。ただ、雪が積もるようなしんとした痛みを伴う冷気は漂っていた。

 火鉢は今剣と岩融が持ってきた。小豆が炭に火を点ける。じわりと部屋の温度が上がった。空調は今の所、正常に動いている。ただ、雪が降ったら分からんぞと岩融は笑っていた。
 小豆は火鉢の面倒を見ながら、せっせと姫鶴の世話をした。夕飯は栄養価が高く、消化の良いものを選んでくれた。姫鶴にはよく分からない料理名だった。
「そういや、あつきは、夜、どうすんの」
「へやのすみにおかせておくれ」
「寝ないの」
「まあ、きみのじょうたいしだいだね。きずぐちがねつをもってるだろう?」
「そういや、ぼうっとする」
 これが熱か。姫鶴は眉を寄せた。小豆はあんしんしておねむりと、姫鶴の頭をゆったりと撫でたのだった。

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