姫鶴+小豆/マジパン


 初秋。涼しい風が吹いてきた夕暮れ。姫鶴はのそのそと畳から起き上がった。

 今日は休日なのだ。この本丸の刀剣男士は交代で週に一日は休むようになっている。それは小豆も同じだ。部屋にある簡易キッチンから、何やら声がする。
 ここは小豆の部屋だ。普段、出陣に加えて厨まで仕切るので、不規則な生活を送る彼には、一振り部屋が与えられていた。
 そんな部屋で、姫鶴はごろごろと午睡をたらふくたいらげていたわけである。

「何してんの」
 声をかければ、あ、と声がする。謙信が顔を出す。
「あつき、姫鶴がおきたぞ!」
「じゃあ、謙信はそっちにいっておいで」
「わかったぞ!」
 謙信が、座る姫鶴の膝によいしょと乗る。どしたの。姫鶴が問いかけると、あつきったらおしごとしてるんだぞと、頬を膨らませた。
「休日なのに?」
「そうなんだぞ!」
「けんけんは出陣じゃなかったっけ」
「さっきもどってきたんだぞ」
「で、あつきは何してんの」
「あしたのおやつように、まじぱんでおはなつくってるんだぞ」
「何て?」
 ぷうと頬を膨らませたままの謙信に、姫鶴はその丸い頭を撫でながら、まあ休日に休まないあつきが悪いなとぼやいた。
「あつき、きゅーけー」
「あとすこしだから、まっておくれ」
「それもうなんどもきいたんだぞ!」
「信用されてないじゃん」
「それはそうだけれどね」
「あつきー」
「あつきー!」
「はいはい」
 やっと小豆が物を片付け始める音がする。やっとかと謙信が息を吐いた。けんけんにこんな顔させちゃ駄目だな。姫鶴はうんうんと頷いた。

 おまたせ。小豆が簡易キッチンから出てくる。ふわりと甘い香りをまとう彼に、姫鶴は随分とこの匂いにも慣れたものだなと改めて思った。
 戦場を駆け抜ける刀にも、飾られる美術刀にも、馴染みが無いはずの、甘ったるい匂い。だが、小豆のこの匂いは落ち着くのだと姫鶴は認識している。謙信も腰にぎゅっと抱きついている辺り、匂いが気にならないのだろう。
「ねえ、あつき。飾り作りは終わったの?」
「うん。まあまあね」
「あつきったらちゃんとやすむんだぞ!」
「謙信こそ。ゆうげのあとには、またしゅつじんだろう」
「え、そうなの」
「うん。だから姫鶴、たのんだぞ!」
 あつきがちゃんとやすむようにみはるんだぞ。
 謙信の強い語気に、そこまでしなくてもと小豆が苦笑する。その様子からして、懲りてはいないらしい。これはきちんと休ませねばと姫鶴は確信した。

 とんとんと足音がする。するりと戸が開いて、山鳥毛が顔を出した。
「謙信、居るか」
「あ、山鳥毛!」
「出陣の調整があるらしい。共に来てくれるか」
「まかせるんだぞ!」
 またあした。謙信はそう言って部屋を出て、山鳥毛と共に歩いて行く。
 今日はもう会えそうにない。そんな挨拶に、小豆はたのもしいねと言いつつも、少し寂しそうだ。
「そう言うなら、ちゃんと休みなって」
「そういわれても、やすんでいるつもりなんだが」
「疲労溜まってるでしょ。顔色が悪い」
「む、そんなにわかるかい?」
「自覚してるなら休むこと。夕餉まで、まだ少しあるじゃん」
 ほらと手を広げる。小豆はこどもたちじゃあるまいし、と避けた。
 ぽすんと横になった小豆に、タオルケットを掛ける。ううんと唸る様子から、無理をしていたことが分かった。そこまでしてすいーつを作らなくても、と思うが、それを言うのは酷だ。趣味を否定すると、そのまま日常が崩れていく。ヒトガタって繊細だ。姫鶴は小豆の背中をぽんぽんと撫でた。
「ゆっくり寝てなよ」
 隣りにいるから。そう声をかけると、小さな返事が聞こえたのだった。

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