石かり/温泉旅行/友人の誕生日を祝って。今日が良き日でありますように。誕生日おめでとう!


 毎日の疲れを癒しに、温泉旅行へ行っておいで。そう言われた石切丸とにっかり青江はとある現代の某温泉街へとやって来た。
 旅の醍醐味だからとローカル線を乗り継いで辿り着いたその街は、そこそこ有名な温泉街だからだろう、多くの人で賑わっていた。
 ラフな格好の家族連れが多いなと青江が思っていると、送迎の車が来るそうだねと温泉旅行のしおり(審神者と近侍の加州作)を見て石切丸がのんびりと言った。
「場所は、ええと、この駅を降りて道路に出ればいいんだね」
「石切丸さんはせっかちだねえ」
「そうかな? 」
 温泉旅行なんて初めてだからと楽しそうにする石切丸に、青江はそれは仕方ないねといつものように笑った。

 道路に出て少しすると時間になったので送迎の車が来た。黒塗りの車に青江と石切丸が少し戸惑うと運転手がその手でドアを開いた。二人はどうもと頭を下げて車内に入った。
 ちなみに二人の今の服装は、石切丸がラフな綿のシャツに柔らかな質感のグレーをしたジャケットとスラックスで、青江は白いシャツに紺のロングカーディガンにスラックス。さらに言うと石切丸はデッキシューズで、青江はブーツだった。身長や顔面偏差値の高さからやたらと目を引いている二人組であった。
 二人が車に乗っているとやがて宿泊する旅館が見えてきた。先に見つけた石切丸があれかいと青江に聞くと、それみたいだねと驚いたように言った。
 そうして玄関に降ろされた二人は驚いてしばらく動きを止めた。それもそのはず、旅館にしては階数が多く、ホテルにしては和風過ぎる。ドアマンに促されるままに旅館(仮)へと入った二人は明度が僅かに下げられた高級感のあるエントランスに驚きながらも、そこにあるテーブルの一つで何とかチェックインを済ませた。ホテルマンに荷物を預かりましょうかと言われた二人はそれを断り、そのホテルマンに案内されるままに館内を歩き、エレベーターに乗って客室のある階に行くと、部屋に案内された。ホテルマンが鍵を開き、扉を開く。二人が恐る恐る入ると、室内は純和風になっており、唯一窓際のスペースのみにアンティーク調の椅子と机があった。ホテルマンは鍵を石切丸に渡すと部屋を出て行ったので、二人はとりあえず荷物を置いた。
「すごいところだねえ」
「こんな処に泊まらせてもらっていいのかな」
「僕は夜戦用の一番隊で働き通しだったし、石切丸さんは夜戦以外では一番隊隊長も務めるだろう。たぶん大丈夫だと思う」
「働きが認められた、ということかな?」
 多分ねと青江が笑うと、石切丸もまた笑った。

 二人は財布などの簡単な荷物を持って部屋を出て、鍵を閉めた。昼食がてら温泉街の散策へ、とはしおりに書いてあったことだ。
「おすすめの場所が書いてあるよ。丁寧だねえ」
「食べ物屋さんが多いね。おやここに神社がある」
「神社は後で行こうか。とりあえず、昼食かな」
 蕎麦屋はどうだろうと言った青江に、石切丸は私もそこが良いと思っていたと嬉しそうに言った。
 審神者達お勧めの蕎麦屋はメインストリートから外れた場所にあった。坂道を少し登ると人通りが少なくなり、静かな通りとなる。風情のある商店街を抜けるとその蕎麦屋はあった。表に置いてあるメニューをちらりと見てから扉を開くと、人気店らしく人で賑わっていた。
 座敷に案内され、二人はメニューを覗き込んだ。
「私は山菜蕎麦にしよう」
「じゃあ僕は月見蕎麦かな」
 すみませんと石切丸が店員を呼ぶとすぐにおばあさんがやって来た。どうやら女将らしいそのおばあさんは注文を聞くと山菜蕎麦は人気だから良いのに目を付けたねと笑い、ついでに外人さんのように背が高いね良いことだと楽しそうに言って厨房に注文を知らせに行った。
 しばらくお冷を飲んで会話をしていると山菜蕎麦と月見蕎麦がやって来た。割り箸を割り、いただきますと手を合わせてから二人は蕎麦を食べ始めた。程よく火が通っていてシャキシャキとした山菜、ハリのある新鮮な黄身。二人は美味しいと笑いながらあっという間に食べ終えた。
 蕎麦屋を出ると次はお菓子だねと青江がしおりを開いた。おや良いのかいと石切丸が言うと、石切丸さんはまだ食べ足りないだろうと笑った。
「うん、そうだねえ、ここはどうかな? 」
「おんたまそふと? 」
「氷菓子に温泉卵が乗っているみたいだよ」
 混ぜて食べるとぷりんの様みたいと書いてあるねと青江が言うと、石切丸は不思議な食べ物だねと言った。
「止めておくかい? 」
「いや、食べてみようか。何事も経験だからね」

 カップの中にはソフトクリーム、そしてその上には温泉卵。そんなプラスチックカップを手に二人は固まった。想像以上に見た目にインパクトがある。しかもそれを店先にいる周囲の人々は笑いながら美味しい美味しいと食べている。
「これはまた、衝撃的だね」
「石切丸さん無理しないでね」
「青江さんこそ無理だったら言うんだよ」
 二人は周囲の流れに任せてソフトクリームと温泉卵をかき混ぜ、下の方にあるコーンフレークと共に食べる。すると揃ってパッと顔を明るくした。
「おお、これは美味しいね」
「味が濃厚になって美味しいね」
 二人は美味しい美味しいと言いながらぺろりとソフトクリームを食べたのだった。

 それから神社を見に行ったり、商店街で土産を選んだりしているとそろそろ夕食時となろうとしていた。それでも指定の時間にはまだあるから、二人はのんびりと旅館へと戻った。
 旅館に戻るとまだ時間があったので丁度良いと旅館にある大浴場へと向かった。
 夕食時のお客もいるからだろう、大浴場は空いていた。二人は体を洗い、かけ湯をして大きな風呂に入る。
「いい湯だね」
「そうだねえ、そういえば貸切風呂もあったみたいだけど入るかい? 」
「しかし二人用の湯船は私の体にはちょっと小さいかな。入るなら、家族向けのところとかかな」
「そうだね、借りれるか受付で聞いてみよう」
 そうして大浴場を満喫した二人は風呂から上がると浴衣に着替えて部屋に戻り、荷物を置いてレストランへ向かった。
 レストランはいくつかある内の和風をしたところで、二人が席に案内されると前菜が運ばれてきた。食事は加州達のお勧めで決められており、和風創作料理のフルコースだった。創作料理と言っても和風なものなので、見た目が多少見慣れなくても食べてみれば味の基本が舌になれた和食だから、二人は美味しいと笑って少しの日本酒と共に料理を食べた。

 食事をしている時に会話をしていると、何かお困りごとはないですかとやって来た初老の給仕に、丁度良いと石切丸が家族向けの貸切風呂を二人だけでも借りられるだろうかと聞くと給仕は慣れた様子で可能でございますと微笑んだ。外国の方向けのサービスですが、お客様方なら問題ないでしょう、と。
 それを聞いた石切丸と青江は顔を見合わせてクスクスと笑った。

 食事を終えるとレストランを出た二人は受付に向かい、貸切風呂の事を相談した。すると給仕の言う通りにすんなりと予約が取れた。二人は部屋に戻り、時間になるまで部屋でのんびりと過ごした。会話は本丸での出来事が多く、五虎退の虎が石切丸の部屋に飛び込んできた時のことや、青江が万屋で今剣に菓子を買ったらやけに喜んで石切丸に自慢しに行ったことなど様々だった。
 あれこれ話しているとすぐに時間となったのでタオルを持って、受付で鍵をもらってから貸切風呂に向かう。
 その貸切風呂は家族向けなので、二人で入る分には石切丸でも平気なぐらいの大きさがあった。かけ湯をしてから風呂に入り、温泉街の夜景を見ながら、二人は会話を楽しんだ。
 時間が迫ると二人は風呂から上がって受付に鍵を返し、部屋に戻る。
 部屋に戻ると布団が敷かれており、さらに机の上には小さなガラス瓶が一本とお猪口が置いてあった。
「ふむ、これは何かな」
「見たことがないけれど、日本酒みたいだね」
 二人は窓際の机と椅子に移動し、その涼やかな青いパッケージの日本酒の蓋を開く。そのままお猪口に注ぎ、ゆっくりと口に含んだ。ふわりと独特の香りがするが、あまり度の強くないそれは飲みやすく、二人はお酒を片手に夕食に食べた料理の話や、温泉街で見かけたゆるキャラについて会話を交わした。
 すぐに酒は無くなり、会話だけが続いていく。ふと、机に置いた腕時計を見た青江がもう寝ようと言うと石切丸は同意し、二人は敷かれた布団に入ろうとして、少し考えた。そして顔を見合わせて、ふふと笑う。
「考えることは同じかな? 」
「きっとそうだろうね。よし、私の布団を寄せよう」
 石切丸が布団をずりずりと動かして二組の布団をぴったりと横に並べた。
 そうして電気を消すと二人はやっと寝転がり、手を絡めてお休みと笑い合ってから眠りについた。

 次の日、先に起きたのは石切丸だ。石切丸はふわと欠伸をしてから伸びをし、青江へと声をかける。朝だよと言うと青江は目を開き、おはようと起き上がった。
 それぞれ準備をして朝風呂に向かい、人の少ない大浴場でのんびりとお湯に浸かってから部屋に戻ると荷物を片付けてチェックアウトを済ませた。時間は九時半ごろ、早くはない時間だった。
 そうして二人は温泉街でみんなへのお土産に温泉饅頭を三箱と名産品である木の実の煎餅を数袋買って、さらにこの旅行の発案者である審神者と近侍の加州には感謝の気持ちを込めて特別にゆるキャラの根付も買って、二人は電車に乗ったのだった。

 やがて本丸の門をくぐった二人は皆におかえりなさいと出迎えられ、ただいまと嬉しそうに笑った。それを見て、疲れは癒せたかいと審神者に問いかけられた二人は、とても楽しかったと笑い、お土産の袋を差し出したのだった。

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