姫鶴+小豆/覚悟


 エッセンスを垂らして。

 戦場。鼻腔を擽る硝煙のにおい。血と泥と、乾いた空気。この時代には銃があった。
「なれないな」
 小豆はぼやく。手袋は血で濡れている。そろそろ帰還だと、厚が号令をかける。獅子王が、ぽんっと小豆の背中を押した。
「帰るぜ」
 うん。そう頷いた小豆の声は聞こえていたのか。
 そういえば、この刀は実践からとても遠い刀だった。一方の小豆は、戦う為に遣わされたような物だった。

 本丸に帰還すると、隊長の厚が報告に向かい、他の刀は風呂に向かった。幸いにも怪我した刀は居らず、五振りは手早く血と砂を落とした。流れていく赤茶に、小豆はただ、胸部の痛みを覚えた。

 そろそろ部隊の何振りかが赤疲労だということで、小豆も休憩を貰った。自室に向かい、扉を開く。すると、中には姫鶴が座っていた。
「お。あつき、おかえり」
 驚いて固まる小豆に、姫鶴はくつくつと笑う。おいでと手を伸ばされて、小豆はふらりと近くに座ると、恐る恐る手に手を重ねた。
 風が吹いた。遠くで花が舞う。本丸は春の心地をしていた。花の香りがした。
「びっくりしたんだぞ」
「だろーね」
「ゆめでも、みてるかと」
「残念。今は現し世だよ」
「うん。げんじつ、だ」
 重ねた手は温かい。小豆は息を吐いた。ようやく、呼吸が出来た気がする。肺を花の香で満たしていくと、姫鶴が目を細めていた。
「お疲れ」
「うん」
「慣れない?」
「そんなことはないよ。ただ、いつくしむのになれてしまった」
 刀として鈍ってしまった。小豆の言い分に、姫鶴は違うってと返事をした。
「真剣になれたんだよ」
「しんけんに?」
「生きてなきゃ、殺せない。壊せない。折れない。俺たちは、武器だけど、今は刀剣男士だから」
 己を振るう覚悟はあるか。

 遠い昔を思い出す。ほんの僅かな間、あの人に振るわれた記憶がある。あの人は覚悟があった。その力強さを、小豆はよく知っている。その泥塗れの勝利を、小豆はよく知っている。そうだった。

 はは、小豆はから笑いをして目を伏せた。
「わたしは、かくごができたのかな」
「そーでしょ。じゃなきゃ、苦しくないもん」
「わたしはくるしいのかな」
「苦しそう。ほら、手とか冷たいし」
 姫鶴はそう言うと、小豆の手を引き寄せて、傾いた体を抱き止めた。その温かな体に、小豆はただ伏せたままの目を開けないでいたのだった。

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