則宗+加州/清浄本丸/大和守と長義もわりといる。


 澄み切った空気が肺を満たす。この本丸は優秀だが、審神者が肺を病んでいるらしい。だから、この清浄な空気は、審神者による審神者のためのものだ。それなのに清々しく思うのだから、肉の器とは難儀なものである。
「ジジイ起きてる?」
「おお、坊主か。どうした」
「起きてるならいいの。ついでに平安の集会に顔を出してきてくれない?」
「うはは、荷が重い」
「だろーね。じゃあ言ってくるから」
「うん? 何事だ?」
「今日は出陣も遠征も演練も無し。3ヶ月に一度の、主の主治医が点検に来る日なの」
 それはまた、一大事である。

「この点検で優を取らないと、審神者は病院に入院させられるんだってさ」
「難儀だな」
 だよねえ。大和守はジャガイモの皮を剥きながら言う。則宗も慣れない手付きでジャガイモの皮を剥く。
「清光はここじゃ初期刀でしょ。だから、結構神経を張ってると思う」
「然し、きみもわりかし早い励起だったと聞いているぞ?」
「でも本丸創設期には居なかったからね。清光ほどはキリキリしてない」
「そうか」
 ジャガイモの皮剥きを終える。大和守にジャガイモを任せて、則宗は本丸の中をひょいひょいと歩き始めた。

 朝餉はとっくに食べた。医者が来るのは昼過ぎらしいと、山鳥毛が教えてくれた。
 一文字一家の中だと、山鳥毛と南泉しか医者の点検を体験したことがない。姫鶴は謙信と五虎退にべったりで、日光は審神者の執務室と経理部屋を忙しなく行ったり来たりしていた。

「具体的には何をするんだ?」
「別に大したことじゃない、かな。刀にはね」
「主に何かあっては堪らんだろう」
「主は今日の為に書類を認めたし、毎日の記録もちゃんと取ってる。だから、大丈夫」
 審神者の執務室から出てきて給湯室に湯を貰いに来た加州は、それだけ答えると執務室に戻って行った。
 その顔色がどこか不安げに見えて、おういと則宗は止めた。
「何」
「厭、どうと云うことはないが。あまり、根を詰めるなよ」
「分かってるよ」
 じゃあ大人しくしててよねと、加州は執務室に引っ込んだ。

 縁側に座って門を眺めていると、鈴がしゃんしゃかと鳴り響く。医者がやって来たのだ。
 顔を隠した医者は白衣を着ている。消毒液の香りがする。則宗は、眉を寄せた。嫌な人間ではないが、刀の付喪神を良く思っていない人間だ。
「そもそも審神者の子どもなんだってさ」
 長義が声を掛けてきた。あの医者がかい。則宗はきょとんとする。
「医者を選んだのは、審神者の才能が無かったとかで」
「あの様子では刀を励起させられまい」
「そう。ただ、霊力はとびきりだよ」
 厄介だね。長義は肩をすくめる。加州が執務室から出てきた。閉じた引き戸の前で正座し、じっと待っている。その姿は戦装束で、本体をしっかりと握っていた。いつの間に。
 じっと引き戸の、その向こうを睨むように見ている。嫌悪。そりゃそうだ。審神者をもしかしたら連れ去るかもしれないのだ。刀の付喪神を良く思わない人間だ。
「一大事だな」
「そうだね」
「そして難儀だ」
「誰にとっても」
「うむ。誰にとっても」
 可哀相、だなんて言えたら、簡単だ。でも、審神者は、則宗が見る限りは、胆力のある力強い人間だった。加州は、審神者を一途に慕う、立派な刀剣男士だった。
「あ、終わったね」
 長義が立ち去る。何か用意があるのだろう。加州が一呼吸置いて、引き戸を開く。主。真っ先に、口にしていた。

 医者が去ると、本丸は賑わいを取り戻した。夕餉のために野菜を取りに行くよと大和守が声を掛けに来る。審神者が刀たちに顔を見せる後ろに、加州が控えている。その顔に安堵があって、則宗は一先ずいいかと微笑んでいた。

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