刹那/姫鶴+小豆


 水菓子を貰った。
「おや、おくりもの、かい?」
「ああ、あつきかあ。そうらしいよ」
「ふふ、つみなかたなだね」
「俺に贈って来るとは思わなかった。それなりに無愛想じゃね?」
「そういうところだよ」
 すなおでいいこだ。小豆が微笑むので、姫鶴はそんな事無いよと返事をした。厨は冷房が効いていて、涼しかった。
「この水菓子なに?」
「ぶどうだね」
「色」
「みどりのもあるんだよ」
 たべるかい。そう言われて、姫鶴は、まあ贈られたわけだしと曖昧に頷いた。煮えきらない態度に小豆がきょとんとすると、姫鶴はああもうと頭を掻いた。
「あつきが調理して、けんけんとごこが一緒なら、食べる」
「山鳥毛は?」
「あれは俺が言わなくても呼ぶんでしょ」
「ふふ、ばれたか」
 おいしそうなぶどうを、むだにしてはいけないもの。小豆の反応に、姫鶴は思いを無碍にしてないかと眉を寄せた。だが、食べるだけで充分だろうと思い直した。小豆が厨に居なければ、姫鶴はこのブドウも、送り主の思いも、どうしてやれなかったから。
「このこころはね、きっとはかないものなんだよ」
「はあ?」
 えんせいさきでもらったものだろう。小豆の言葉に、姫鶴はこくんと頷いた。
「おくりものをするぐらい、かたなのつくもをしっているのなら、そのひとは、きっとわかっていた」
「何を」
「このであいが、いっときだけの、はかないものであることさ」
 儚いもの。姫鶴は口の中で、言葉を転がした。
「じゃあ、その人は、二度と会えないかもしれないのに、俺に贈り物をしたの」
「うん。きれいなぶどうの、ひとふさを、つぶれないように、わたしてくれた」
 なんてきれいなおこころなのだろう!
 小豆は嬉しそうだ。姫鶴には、分からなかった。だって、結局叶わないのに、どうしてそこまで手間をかけるのだろう。どうして、小豆は嬉しそうなのだろう。愛されるってどういうことだろう。姫鶴は刀として人に愛された。とことん愛された。だから、一時だけの儚い恋なんて分からなかった。
 刀剣男士は物である。決して、刹那を生きる人ではないのだ。
「であいはたいせつだよ」
 そんなことは分かっている。厭という程、人の刹那を知っている。それなのに。嗚呼、それなのに。小豆は笑っている。無垢に、柔らかに、穏やかに、白磁の頬を仄かに染めていた。そこに乗る色は、歓喜だった。
「わたしは、ぶどうをていねいにあらうことしかできないけれど、すこしでも、ここにまかされたこころを、おもいたいな」
 そんなもの。
「……あつきが、過ごした時間より、長いじゃん」
 その言葉は蚊の鳴くような声で。小豆は聞き取ることなく、ブドウを洗って皿に小分けにした。謙信と五虎退と姫鶴と山鳥毛と、小豆のために。
 刹那しか会えないなら、情なんて抱かせないでほしい。いつとも分からない再会を願って、幾年も過ごしたくない。こんなのは利己主義だ。エゴイズムだ。姫鶴のことを、ちっとも思ってなんかない。
 ああでも、刹那を大切にするから、この刀はいつも優しいのだろう。その優しさが好きなのに、泣きたくなる。
「姫鶴?」
 泣きそうな目元をギュッと閉じて、手を握りしめる。小豆の不思議そうな声音に、もう少しだけ待っててと願った。

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